アスペと自閉症1~不登校息子と私のちょっとしたお話~
爆笑する母と息子。息子は不登校。母は(自称)メンヘル。この母子に何が起こったか。
私はいつものように、外回りの営業。飛び込み中心のお仕事で、もちろん辛いものではあるが、考えようによってはいろんな人と会えておもしろい、と私は思っている。対人恐怖の過去は意図的に忘れて。引きこもっていた自分としては意外なくらい、それなりに楽しんでいる。
街の中はエキサイティングだ。この春オープンしたばかりのお店や教室が、もう何軒も消えている。お仕事があるだけで素晴らしい!そして、いろいろな人に会えるのも、楽しい!そしてまた、営業トークをやってるうちに、妙に話が弾み、仲良くなってしまう人も何人かいる。が、まさか、営業でまわっていて自閉症をサポートする活動をする人に、ばったり会うとは思わなんだ。
自閉症の子を持ち、理解を得るために、またそんな人たちが生計を得て独立できるように長年戦ってきた彼女。なんとなく、そんな話をするうちに、「実は…」なんて、つい身の上話をしてしまったのが始まり。
自閉症、アスペルガー症候群…一見「変な子」に見える子供たち。幼いころは親が「しつけが悪いのか、自分が悪いのか」と苦しみ、本人も徐々に「人と違う自分」に気づき、さまざまな困難にあって苦しむ。こんな言い方をしてはいけないが、とお互い共感したのだが手や足など、はっきり見える障害を持つ方がまだうらやましい。個性か、しつけや環境の悪さか、「発達障害」なのか。これがあいまいなぶんだけ、苦しい。どんなにがんばっても、「普通」のことが理解できず、当たり前のことができないという面では他の障害者と同じなのだが、たとえば視覚や四肢に障害を持つ人を、今、面と向かって馬鹿にする人がいるだろうか。そんなことをする方が非難されるだろう。また、障害のあることが認められれば、障害に応じて福祉の恩恵が得られる。
が、こういう発達障害の場合は、モロに人格を否定される。当然就職なども不利になるのだが、福祉の対象にはならない。知能はむしろ高いくらいなので、ますます「障害」だとは思われず、「どうしようもない奴」「気持ち悪い」と評価される。ちょっとしたことでつまずき、立ち直れないくらい傷つくのだが、そんなところも周囲には理解されない。
「理解されない、自分を表現できないから、暴れるのよ」と彼女が言うのに、また共感。息子の大暴れも、まさにそれだった。私もそれはわかっていたのだが、「親として」きちんとしつけることに固執していた。
彼女のところで、小冊子を扱っているのを買い求めた。(社)日本自閉症協会の「あなたの隣のレインマンを知っていますか」と、東京自閉症センターの「アスペルガー症候群を知っていますか?」。各1冊200円。ちょっと手にとって開いてみた。
私は笑い出した。
続く
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