息子は相変わらずマイペース~それでも払う給食費~
帰宅すると息子は学校の服のままパソコンに座り、ひたすら「眠い」と言っていた。あわてて簡単に食事を作りながら「寝るなー!ご飯だー!」と声をかけつづける。
「腹は減ってるんだよ。今日は、朝から豚汁をちょっとしか食ってねえし。でもねみー」
ちょっと待て、朝、たしか私が起きた6時頃にはがんがんアニソンを自室で流しながらごきげんでいて、今朝は一緒にパンを食べたよね?出かけるとき、「早よ学校いきや~」と声かけたよね?給食は?
「気づいたら、給食食えない時間だった」「……(またネトゲかよ!)給食費払ってるのに~」「しつこい」
先日も給食費を(払えるのに)払わない親に文句をつける記事を書いたが、一方で「給食費を払ってるのに子供が給食を食べない親」も相当数いるだろう。
不登校児の親だ。
ドライに考えれば、「あ、うちの子学校行かないので、給食費ほか払いませ~ん」なんてやってもいいのかもしれないが、私はおろかにも、どんなに家計が窮乏しても、これだけはしっかり払っている。
それが、親の義務だと思うからだ。「今の学校が気に入らなきゃ他へ行けばいい」とか「家庭教師で大丈夫だ」などと言える状態でないから、今の学校に行かせるしかない。それなのに給食費を払わないなどで、自分が学校から子供の居場所を片付けてしまってはいけない、と思う。
が、一方でもったいないとも思う。給食費が、ではない。私が頑固に給食費を払い、しかも勤めが忙しいことと本人が超マイペースなことで出欠を連絡することもなく(注・息子が明らかに病気などで登校できないときには電話で連絡している)、本人の自覚に任せる、と学校側と同意しているおかげで、たとえ息子が朝から高いびきをあげていようとも、学校では息子の給食を用意しているのだ。昔のように、友達がパンを届けるようなこともなく、また食いしん坊が食べてくれるわけでもないので、おそらく毎日、たっぷりの残飯を出しているだろう。
私は、食べ物を粗末にすることが何より嫌いだ。さねとうあきらの「じべたっこさま」を読んで、飢饉の恐怖、水や食べ物が手に入るありがたさを知って育った。ドカベンで、ごはんつぶのひとつも残さず、きれいに食べることを美徳と考えた。今、超マイペースの息子のために、残された食事を食べて太る一方だが、それでも食べきれず、捨てるものの多いことに涙する。そして毎日の給食…なるべく考えたくはないのだが、これには罪深ささえ感じる。払うのは当然だから払っているが、うちはほぼすべてをごみにしてしまっているのだ。「お金を払ってるんだから、食べようが食べまいが勝手でしょ」というだけの問題ではない。貧しい子にも、最低限の費用でバランスの良い食事を…という世界的にも美しい給食システムを、土足で踏みにじっているような気がする。
息子の部屋からは、おびただしいジャンク・フードの残骸が見つかる。
私が望むと望まざるに関わらず、うちは「ろくに学校にいかない子に、まともな食事を与えずにジャンクフードばかり与えている」状態になっている。一方、粗末に扱われる食材たち…なるべく献立表などは最近見ないようにしているのだが、魚など、一匹丸々捨てられるようなことを考えると苦痛だ。肉も魚も野菜も、すべて命。ありがたくいただくことのできないことは、罪深い…。
結局息子、安かったホタテの殻つきを刺身にしたものやトマトなどは食べたけれど、大急ぎで残り物を使った料理にはほとんど手をつけず、ぱたりと寝てしまった。「おとといの徹夜から、8時間しか寝てないし、今日は12時間寝る気がする~(だから今寝ないと明日は学校行けないぞ~)」相変わらず自己中心な睡眠パターンだ。もちろん、第三者のお医者さまにでも認定してもらわないと、典型的な遊び人、怠け者の睡眠パターンだということになるのだが。
そして私はまた太るのか。5キロの荷を背負い、歩いても、歩いても。
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