なりきりという表現~今一番ピュアなオタクたち~
コスプレは、衣装やメイクで人の前に現れ、好きなキャラクターになりきったり風刺的なメッセージを入れ込んだりして表現する方法であるが、私は数年前から「なりきり」に注目している。
「なりきり」とは、ネット上の掲示板を利用してアニメやゲームのキャラクターになりきり、独自の世界を創る遊びである。
匿名で楽しめるのが掲示板の面白いところ。参加者は年齢や容姿、性別に関係なく、知識や想像力で表現できるのが、コスプレや同人誌とは違う。もともと突発的に2ちゃんねるなどで「●●ですが質問ありますか?」などと有名人やキャラクターになりきった人が他人の質問に答えたり、会話を楽しんでいたのが隔離されて独自の板になり、そこから派生したサイトも続々登場。キャラクターになりきった人=キャラハンを「名無し」が囲み、あるいは関連する複数のキャラハンとのかけあいを不特定多数で楽しみながら、ひとつの世界を構築していくのである。
前述のように、顔も名前も出さない世界でただひとつ、「才覚」だけでキャラハンは挑む。たとえばアニメであれば、その作品の隅々まで知り、自分なりにしっかり解釈した上でなければ、誰にも相手にされない。口調や性格を真似するのは基本だが、完璧にマネできても「おもしろくない」と思われればそれまでだ。同人なら一人で完結できるが、なりきりはコミュニケーションが第一。時にはあえて崩してみたり、荒らしてるのかとしか思えないような書き込みにも当意即妙な反応をしてただひたすら、「名無し」を喜ばせる。これが、良いキャラハンなのである。
ルールは、スレッドをたてたキャラハンがある程度決められるが、全体的にキャラハンには「全レス返し」の十字架がのしかかる。たとえば「セク質(セクハラ質問)禁止」などとルールを決めても、どうしてもいやらしい質問や、エロ画像を貼り付けるやつがいるのである。また、こういうのは名無しが相手の度量を測っていることもある。イヤな質問もさらりとかわし、わけのわからない質問にも誠意をこめておもしろく回答。手抜きは許されないし、自分のわからない部分や答えたくないような質問にも答えなくてはならない。こんなどう転ぶかわからない世界を、上手にまとめるのがキャラハンなのである。
しかし、これはもう、ホストかホステスかというレベル以上のサービスだ。こういうサービス業は、周知のとおり結構な収入が得られる。また、これだけできる人がもしも同人誌で小説本でも出せば、それなりに良い成果が得られるだろう。全体的にはファン活動と言うことでほとんどは持ち出しの多い世界ではあるが、実力と才覚さえあれば、結構どころかまともに働くのが馬鹿らしいくらい儲けられたり、メジャーデビューへの道が開ける。
コスプレも完全な趣味ではあるが、ごく一部とは言え、「プロ」への道がある。駆け出しのアイドルがコスプレでファンを集めたり、コスプレ関連の雑誌などで祭り上げられでもすれば、自己顕示欲は満たされるだろうし、何かしらの収入にもなる。
が、「なりきり」キャラハンさんたちにはそんな見返りはまず、望めないだろうと思う。掲示板から書籍化されることも、ブログからスターが生まれることも多い昨今であるが、いかに芸術的な、あるいは職人的な世界を創り上げても、版権などの伴う世界。あまり色気を出してもろくなことにはならないだろう。
それでも、キャラハンさんたちは、どんなに気まぐれでも「名無し」さんにサービスし続ける。そのエネルギーは、相当なものだと思う。文章力、理解力…それはもう、半端ではやっていけない。毎日書き込まれる名無しの書き込みにひとつひとつ、おもしろい答えを出し、演じる。あるとき、キャラハンさんに話を聞く機会があった。なりきりをはじめて2年ほどというその人に「楽しいですか?」と聞くと「それはもう!」と答えた。ただし、素の自分をさらけ出すことは無く、あくまでもそのキャラクターを演じながら。学生でも社会人でも、皆それぞれの仕事をするなかで、どんなに大変でも、見返りなんか全然無くても、演じ、自分なりの解釈を披露し、会った事もなければ、お金をくれるわけでもない人たちにサービスしつづける…
これは究極の「ファン魂」か?
「セク質は厳禁よ!」という美少女キャラハン(実は30代オタク男)に「●●タンのひざげり…ハァハァ」と、あえてセクハラし「この変態!」と蹴りを食らって喜ぶ主婦。
一見男同士の愛の世界を演じながら内心「貴様、主婦だろう」「お前もな」と思うなりきりさんたち。例は、あくまでイメージで、実際のなりきりさんとは無関係です。気持ち悪いというなかれ。職人芸としかいいようのないレベルの高い芸を見せる人たちも、大勢いるのである。
「この才能、ほかに生かしたほうがいいんじゃないのか???」と思うこともしばしばだが、気軽に参加できて奥の深い、そしておそらく、オタクの世界がすべて商品化されてしまったこの時代に、唯一残る純粋なごっこ遊びに耽る人々に、私は讃辞を惜しまない。
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