娘が改造されました
あらかじめ母から「怒らんといてあげ~」と電話がかかってきた。
その日は娘が少し帰りが遅くなる日ではあったが、一度おばあちゃんちに寄って、これから帰宅するらしい。私は娘の帰りを待った。
娘はいまどきの子供らしく手足が長く、小顔で、私にも夫にも似ないつぶらな瞳とすっきりとした眉をしている。美人というわけではないが愛嬌があり、まあ、階段から落ちたアンジェリーナ・ジョリーくらいかな、という美少女である。
ところが数年前から一切おしゃれをしないと言い出し、あれほど好きだったフリル、ピンクという女の子らしいものを毛嫌いするようになった。無地の真っ黒なTシャツや飾り気のないGパンを好み、私が買った可愛い服には手をつけない。「例の事件」の影響かどうかはわからないが、娘は自分の女性性を強く否定し始めたのである。
それでも本来持つ伸びやかな肢体と知性をたたえた瞳、ぴんと伸びた背筋は、こんなひどい服装・髪型でも隠せるものではなく、私にとってはかわいらしい自慢の娘なのだが、現状ではアンジェリーナどころか女子中学生に扮した宅八郎でしかない。あまり浮ついても困るけれど、こう無頓着なのは…と心配していたところだ。
「…ただいま…」
帰宅した様子に目をやると、そこにプチアンジェリーナ・ジョリーがいた。
黒のサブリナパンツは私のものだが、ネイビーと白の、マリンテイストを入れたアンサンブルを彼女は着こなしていた。すっきりスポーティだが、裾のオーガンジーがちょっぴりフェミニン。あれほど美しい素足を出すのをいやがっていたくせに、トロピカルなサンダルまで履いている。
彼女の肩には、夏らしい帆布のトートバックがかかっていた。ナチュラルなプリントがすがすがしく、あろうことか、今大流行だという「でかチャーム」まで付いている。チャームは「でか」というには控えめの大きさで、ドクロをイメージしているのが、かろうじて普段の彼女らしいところだが、それでもすごい大変身である。母が「なかなかセンスいいわ。だから、怒らんとき」というのもうなずける。
「あら、可愛いじゃないの」と、美しい娘に私は笑顔を向けた。しかし娘は涙目である。
「…よかった…超~怒られると思った……」
事情を聞くと、その日突然、数人の友達に「ショッピングセンター行こう!」と誘われたのだそうだ。部活が終わってお昼頃に電話したときには、まったくそんな話をしていなくて、いきなりのお出かけだったらしい。しかし、そのセンターには、車がないといけないのでは?と聞くと、お友達のお父さんが乗せて行ってくださったそうだ。
娘の交友は広いような狭いようなであるが、その日のメンバーは、学校でもおしゃれ系の子たちである。彼女たちは「腐児子ちゃん改造計画」と称し、みんなで「これ買いなよ!」「これいいじゃない?」と、あれこれ見立ててくれたのだそうだ。「お金がない」というと、「立て替えてあげるから!」とまで言われ、娘は美しく変身したのである。
夏休みに服装などがハデになるのは好ましくない。
親に無断で、繁華街などに出かけるのも好ましくない。
まして友達に借金するなどもってのほかである。
私がそういう母親なので、娘は「ママに怒られる……」と不安で仕方がなかったらしい。しかしそんな母にも「可愛い」「センスいい」「買い物上手(実際、安く賢く全身コーディネイトしている。仕事の関係でそのショッピングセンターには行くので、私も知っているのだ)」とほめられて、感涙したらしい。あ~そんな娘がますますいとおしい。
上記3点は一応釘をさしておいたが(これは親の務めです)、年齢相応に、身だしなみを整えファッションに興味を持つのは良いことである。学校でどんな校則を強いられようと、社会では「人は見た目が9割」である。どんな服を選び、どんなものを持つかで人格まで測られるのは、今の世に始まったことではない。それこそ平安時代にはそれがすべてと言っても過言ではなかったようだし、アニメの「ペリーヌ物語」でも、親を亡くして浮浪者同然の工場労働者であったペリーヌが、オーナーで、実はペリーヌの実の祖父であるビルフランさまに認められるのも、「この金で好きな服を買いなさい」と言われて彼女が選んだ服が、ビルフランの信頼を得るひとつであったのが印象的だった。
とてもセンスの良いコーディネイトだったのでお友達にも感謝したいし、快く「明日にはきちんと返しなさいよ」と、借りたお金を出してやった。その後も「このトップスに、このパンツは合うかなあ…」などと、ちょっと興味を持ったようで、母としては楽しみが増えた。
娘の交友関係はオタク・腐女子系あり、部活系あり、優等生系あり、そしてその日のおしゃれ関係ありといろいろ。おしゃれ子ちゃんたちは娘を改造しながら口々に言ったという。
「腐児子ちゃん、もうコミケとか、絶対行っちゃダメよ!」
「え~~~と…」
爆笑した。
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