« うちの息子はいくつだ | トップページ | 娘の「あのね」 »

2008年9月27日 (土)

アスペだからなんだ

また、「発達障害」がニュースで語られた。1週間前からのことだ。

何者かに殺された男の子が「発達障害がある子」ということで、ネットではすぐに「母親犯人説」が浮上。そして残念なことに、それが事実だった。

多動があったとか、いろいろ困った言動があったとか、週刊誌などでも詳細が伝えられることになった。どんな健康な子どもでも育児は大変だ。何らかの障害を持った子どもなら、なおさら大変だ。しかし、結論はひとつ。

だからと言って殺していいというわけではない。

たしかに、子どもが大きくなるにつれてもっと大変なことになるかもしれない。「我が子に殺されるか」「自分が殺すか」などと思いつめて毎日を過ごす人は意外と多い。でも、それで事件ざたになるのはほんの一部である。

先日、アスペルガーなど広汎性発達障害者の支援を行っている方とお話をした。

いつも明るく元気な方だが、その日は落ち込んでいた。6年間、支援してきた少年が「目隠しつきの救急車で、強制入院させられた」という。
その子も家でよく暴れていた。父親は「このままでは殺されるか、俺が殺す」と、母親の意見を抑え、そのような処置をとったというのだ。
「お母さんはその子を本当にかわいがっていた。それに、私の前で、その子が暴れるようなことは一切、無かった」ということは、狂人でも危険人物でもないということだ。多少感情の抑制が効かないということはあるだろうが、理由があって、しかるべき人物に暴力的になっているわけだ。

「実は、そのお父さん自身がアスペ。エリートで、お金持ちなんだけど、自分の子が受け入れられないの」ああ…と思った。私の父が、それだった。エリートなんだけど、感情の抑制が効かず、専横的でよく家族に暴言を吐き、暴力もふるった。私もよく反発したが、弟はもっと大変だった。
弟は、学校の成績はひどく悪かった。だが絵や彫刻はすばらしく、車の免許も、大型くらいまでほいほい軽くとれた。頭がいいのか悪いのかわからないタイプで、本来の性質はおとなしくまじめ。それが思春期に入って、鬼のようになった。「キツネが憑いている」などとも言われた。警察に相談しても埒が明かず、家族か、第三者か、誰かが死ななくては、この苦しみから解放されることは無いと私も思った。

そのあと快方に向かった弟は、家を出て、働きはじめた。まじめに頑張っていたようだった。だがある日ちょっと誰かに駐車の仕方を注意されたことをきっかけに動けなくなってしまい、精神病院へ。そして結局、亡くなった。
そんなことを思い出した私も、その方も涙をこらえながら語り合った。相性というのもあるかもしれない。最悪の事態を避けるために、仕方の無い処置だったのかもしれない。
「でも、目隠しつきの救急車でって……もう、それではお父さんとその子の関係を修復するのは難しくなるのでは」
「ムリでしょ。…もう」長年、その子を見てきた方の落胆が、見て取れた。

私の弟が亡くなったあと、父が変わった。それまでその子のことは妻に押し付けて仕事を理由にろくに家に寄り付かなかった父が、一転して「家族第一」主義者になったのだ。弟の犠牲で、ようやく。……遅すぎる。それでも、殺人事件のような結末よりはましだろう。

私は、アスペルガーは病気や障害ではなく、「タイプ」みたいなものだと思っている。ある部分が欠如しているかもしれないが、他の部分が突出していることもあるのでプラマイゼロ。他の人にはなんでもないことが、大きな段差や壁になってしまうが、それをちょっと乗り越えることができれば、ちゃんと社会生活ができる。親や周囲は、そのちょっとした段差を少しずつ乗り越える手助けをすればいい。

決して、化け物のように思わないで。

息子が暴れ始め、私が「アスペルガー」という言葉を意識するようになって、父にその話をしてみた。私が説明すると父は「なんや、俺のことか」と言った。母も「あら、私もアスペやわ」と言った。先祖代々アスペだわ~と大いに笑った。

自分を知ることが、楽しいアスペライフの一歩である。

|

« うちの息子はいくつだ | トップページ | 娘の「あのね」 »

コメント

殺人事件の話ですが、
ニュースを見ていたら
「保険金殺人」という見方もあるようですよ。

投稿: Max谷川 | 2008年10月 2日 (木) 19時45分

Max谷川さん、ようこそ~!

そのようですね。偽装工作をして悲劇の母親になろうとしたのも許せず、子供の障害をネタにまた悲劇の母親になろうとしたのも、本当に許せないです。

投稿: 闇鍋奉行 | 2008年10月 2日 (木) 22時27分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« うちの息子はいくつだ | トップページ | 娘の「あのね」 »