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2009年11月12日 (木)

こっそり宝箱が届けられたらしい~迷走する「みんなの動物広場」~

気分的には、不当逮捕された同志を解放させたレジスタンスだろうか。

無理矢理なキャンペーンを行い、ユーザーを激怒させたアプリ「みんなの動物広場β」だが、なんと一転、今日午後、「対象外」とされたユーザーに宝箱を送った。「招待する」を選ぶと、「あなたはもう招待しています」ということで、めでたく「牧草上限10000」が、これまで貢献してきたユーザーにもたらされたのである。

これは同志たちの闘いが非常に大きい。公式コミュには山のように「牧草の減りが早くてプレイできない」という声が寄せられトピが埋まりそうなのに何の返答もなく、次トピ(管理者のみ立てられる)が立った。……私はこのあたりで「この会社、ヘンだ!」と感じたが……見てないわけでもないのか? なら、何もリアクション無く、どうしてトピたてやどうでもいい変更ができる????

要望トピはもう、「みんなの怒りの動物広場」だった。

ボイコットを呼びかける人もおり、賛同者も現れたが……何せ100万近い登録者のある(人気の『みんなの農園』の力も大きかった)アプリ。削除者がちょっといてもびくともしない。半数が放置していても、どれだけみんなが怒っていても、数字のうえでは痛くもかゆくもないのだ。

私は仕事をする上で、「数字しか見ない」合理的というか、心の無い企業が増えたことを感じているが、まさにこのRACOO社はそれだと思う。ユーザーが怒ろうが喜ぼうが、数字だけ見ていればなんでもないこと。

うーーん、いわゆる「テレビゲーム」世代のゲーム会社には魂を感じられたんだけど。ユーザーと一緒に遊ぶ!とことん楽しませる!というちょっとおバカな部分も含めて、私はそういうゲーム会社やクリエイターを愛している。ほとんどのそういう会社は、まめにユーザーの声を拾う。アンケートや同人誌、2ちゃんやブログ、そういうところをチェックして、100万人の声を反映したり、迎合したり、時にはあえて挑戦したりする。その心意気に、ユーザーは応えるのだ。(あまり媚びすぎるのも、なんだけど)

しかしこの会社にはそんな魂が微塵もない。いくら愛を語ったところで、愛は数字にならないのだ。

で、未明から「評価欄で戦おう」と呼びかけた勇者が出た。続々とアプリ評価欄に「☆ひとつ」評価が並び始めた。

「絵が可愛い」「楽しみ」と最初は高い評価をした人が多かったため、平均評価は高かったアプリが、たちまち評価を下げる結果になった。これまで発言してこなかった人たちも、続々「☆ひとつ」で率直な意見を述べた。すごい勢いで書き込まれる「☆ひとつ」のせいで、わずか半日で平均評価がぐんぐん下がった。招待されたとしても、これを見て「このアプリを始めよう」と思う人はいないだろう。

で、ようやく動いたのだ。ファンを蔑ろにしたらどうなるかと、この数字しか理解できない会社も理解した、という結果か。

しかし一時的に牧草上限があがっても、どうなんだろうね、というくらいまだまだゲームバランス…というか、システムがまずい。

「みんなのウォーゲーム」は、まだまだ続く?

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