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2010年3月12日 (金)

障害を認める勇気

自閉症やアスペルガーの子どものことを見抜けず、あるいはそう言われても認められず、子どもを悪化させてしまう親が多いと言う。

こういう子の多くは幼少時は早熟で、大人顔負けの能力を発揮することもあり、天才扱いされることもある。たいていの母親は自分の子の発達の早さを喜ぶし、自慢にも思う。

そうして、見誤ってしまうのだ。子どもの本当の力を。

…はい、私のことです。

少なくとも息子の同級の親は、私をそう見ていると思う。

ただ、私は息子が自閉症なのではないか、とは生まれて間もないころから思っていた。なんとなく自分と似ていることと、出産育児にあたって読んでいた本の「自閉症」の項目に、いくつかあたるところがあったからだ。慣れない育児に神経質になっているせいだ、とは言われた。検診のたびにそういう不安を訴えても、お医者さんの前ではアイコンタクトがしっかりしているし、「…まあ、大丈夫でしょう」と言われ続けた。

自分の親には「まさか」と笑われたし、幼児になれば「こんな賢い子に、何が問題なんだ」と言われ、それでも言うと「なんで自分の子を障害者にしたいのか」となった。

幼稚園、小学校と、とても「個性的」な子だった。自分の子が「おかしい」というのと「素晴らしい能力の子」というのは私の中で混然となっていて、何かと「自閉では」と相談する一方、息子を見た他のお母さんたちが、「こういう子を持つと親は大変よねー」と談笑しているのを聞いて、一応(はいそうです…)と苦笑しながら(でも、息子は教えなくても字を覚えたし、大人っぽい言葉も理解するし、数学や物理の話も面白そうに聞き、理解するのだ!)と心の中で反発する。

そんな自己矛盾を抱えながら、結局こういうことになってしまったのだが…

今思えば、大切なポイントがひとつあった。

息子が小学校の時、あるお母さんが、私に言ったのだ。

「この子、ちゃんと見てあげた方が…」

私は無言だった。

何も、言えなかったのだ。

いろいろな思いが一気に出てきそうで。

一番表に出てきたのが、「これでも一生懸命見てるんです!放置なんかしてない!こんな子だから必死です!でも誰もわかってくれないし、聞いてくれない!」という感情の吐露だったので、これを飲み込んだ。

私もコミュニケーションが超がつくほど苦手なので、そこで爆発するのを抑えるのが精いっぱいだった。

そのあとに来ていたのが、「…やっぱり、この子おかしいですか?」という言葉。

あの時、冷静にこれを言えていたら、早いうちに何か手を打てたかもしれない。このお母さんは特に仲が良いと言うわけでもなかったが、さまざまな活動をしていて、どうも息子の異常を察知し、手を差し伸べてくれていたのだ。

この言葉を出すのを止めてしまったのには、もうひとつ理由がある。

そのちょっと前、とあるところで、「問題行動を起こす子どもに困っているお母さんの体験談」を募集していたのだ。私はそれにすがりついた。うちの子、本当に自己中心で困ってます! と葉書に書いて投稿した。…それが、とんでもない特集記事になったのだ。

相談に応える何かの専門家は、そういう母親たちの悩みなど解決する気などなかった。こういうことは母親が悪いんですよ!という特集だったのだ。
同じような悩みを抱える母親たちは、私と一緒にばっさばっさと斬られた。読めば、一生懸命躾けをしようと頑張るのにうまくいかない母親の悲痛な叫びばかりだった。だが、専門家はそういう母親をダメだと決めつけるばかり。私への答えは「典型的な過干渉ですね。こういう親は、パートにでも出ればいいんです」だった。

…一応、この特集には非難の声もあった(という記事まで載ったのだから相当?)ようだが、私は沈黙した。

そんなときに「もっと見てあげた方が」と言われて、私は「見ろとか見るなとか、どーすりゃいいんだ!」とパニックを起こしたわけだ。

「そうやって見逃して、大学まで出て『知的障害』と言われると、親も本人もとても受け入れられない。いわゆる作業所に行ったって、そこに合うわけがない。最悪なのは、親が頑として子どもの障害を認められないまま暴力に怯え、精神病院に強制入院させてしまうこと。こうなったらもう、親子関係は修復できない」

とある、別の専門家は、涙を流しながら私に語ってくれた。ちょうど直前に、そういう事例があったのだそうだ。

親も社会も、こういうものを認められる空気があれば、救われる子もいるのではないか。

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コメント

おたくの息子さん、うちの息子とそっくりです。

公文の天才児と呼ばれ、カレンダーや地図が好きで、どうにかこの才能を伸ばせないかと思っていました。


でも小3頃から集中力はゲームに向かい始め、私との間で何度となくバトルが始まり、


私は何かおかしいと、評判の小児科医やカウンセラーを訪ねたけれども答えは出ず、


小5の時に出会った不登校カウンセラーにアスペルガーの可能性を指摘されても診断を受ける勇気が持てず、


ダンナはおまえがおかしいと言い続け、


小6で診断がついた時には、離婚するとまで言われました。


うちの子は、家の外でパニックを起こす方ではなかったので、アスペの診断としては、遅くはない方だと思います。


親の会に入り、何冊も本を読んで勉強しました。私だけ。


ダンナは自分の跡をついで医者にしようとしていた息子の障害を理解できず、対処法も学ばず、息子がパニックになると自分も暴言を吐き
(息子の主治医に父親もアスペの傾向ありと言われている)


それは大変でした。


障害は受け入れた時がゴールではなくスタートです。


親亡き後 世間様に迷惑をかけず、自立して暮らしていけるようにするのが最終目標です。


投稿: みりょこ | 2010年3月12日 (金) 23時36分

自分の人格障害(たぶんM子さんと同方向orz)
+肉親に自閉症?+ダウン症の因子がある自分達には厳しい話っす....

羊水が...羊水が腐る前には何とかしなきゃと思ってるんですけどねぇ。


投稿: べぢ | 2010年3月13日 (土) 00時36分

みりょこさん、ようこそ~!
ほんと、そのとおりです…こんな家庭が今どれだけあるかと思います…
>障害は受け入れたときがゴールではなくスタートです
涙が出ました…
その、ゴールまでがとても遠いんですけれど、そこからの素敵な道も見つかってない。私も最近になっていろいろ手を差し伸べていただいていますが、根本的な解決なんて何光年のかなただか。
「ハッピーエンド」をつかみとりたいと自分なりにがんばっていますが、息子にとって何が正解なのか、わかりません。「私には無理!」と投げ出したくっても、似たもの親子のせいか、どこに行っても「息子さんを一番理解しているのはお母さんですね」「息子さん、お母さんが大好きのようですね」で終了。夫は完全に無関心だし「これ最悪な家庭じゃん」って思うのに「これでも最小限に食い止められてますよ、お母さんすごい、この子はお母さんが見るのが一番です」って言われるというw

見たくっても仕事はあるし、どう考えても完璧はめざせません。養育係が何人もいる身分とは違いますから。しかしまあ、ズタボロ人生のなかで見つけました。

生きてるって素晴らしい。

悩むこともまた、人生。

投稿: 闇鍋奉行 | 2010年3月13日 (土) 00時47分

べぢさんようこそ~!
私は、昔から雅子様にシンパシーを感じ、良い話も駄目な話も、他人とは思えないと、応援申しあげておりました。…よく似ているんですよ…いろいろと。だから、雅子様のお幸せは自分の幸せ、自分が肯定されたというくらいなんです…。
なんで最近「自分は『雅子様』と決別し、歩き始められたのかなあ?などとつらつら考えます。それにはこのブログで聞いてもらおうがもらわなかろうが書いてきた、ということがあるのかなあ、と。
どこの誰かもわからない女の愚痴など見るに値しませんし、まあ今もとくに読者数は多くありません。ほとんどが何かの間違いで迷い込んだ的な…
でも、こらえ性のない私が、ほぼ毎日何かしら書こうと思い、ほんの少しでも「聞いてくれた」と実感できること、「ブログセラピー」と言えるようなものかもしれません。

羊水?
そんなもの腐りませんw女に賞味期限なんかつけられてたまるかー!

投稿: 闇鍋奉行 | 2010年3月13日 (土) 01時01分

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