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2010年3月24日 (水)

呼び名を考えるのは「健常者」の方

ちょっと前にも、また被差別的な名称の変更の話題があったようだ。

障害者を障がい者に。

「言葉狩り」は、永遠に続くだろうなあ…

たしかに「老人ボケ」という罵倒語にも近い言葉が「認知症」という言葉に置き換えられ、本人にも周囲にも辛い、誰もが直面するかもしれない状態であると認識を変えることができた。だが、障害者、ことに知的、性格的な障害には、どんなに言葉を変えてもずっと差別的なニュアンスが付きまとうことだろうと思う。

昔どなただったかが

「健常者と障害者ではない、障害者と未障害者と言うべきだ」

とラジオで言っていたのに感動した。そう、人間誰だって事故や病気、老化で障害者になる可能性がある。

それは、垣根を払った言葉だと思った。

さて、今日また良い本を買ってしまった。

「発達が気になる子のサポート入門」(学研新書・阿部利彦著)

(なんか、アフィ貼れないのでどうぞ書店でお求めください…)

「はじめに」だけでも価値がある。発達が気になる子の親や本人だけでなく、全ての人に読んでいただきたいくらいの文がある。

氏は、相談員として多くの親に接し…いや、相談員と言うのは多くの親が接したがらない立場で、勧められても会いたくない、我が子を障害者だなどと認めたくない、こんなに賢いのに、ちゃんと会話もできるのに…そういう親とのいくつかのふれあいも披露しつつ、著者は言う。

健常児を、典型的な発達を遂げている子ととらえ「典型的な発達の子」と、そしていわゆる発達障害のある子を「オリジナル発達の子」と、そう呼びたいと思います。

オリジナル発達!

なんかこう、本人にもその親にも嬉しい言葉ではないか!

しかも「発達障害」を言いかえるだけでなく、そうでない子も言いかえたのがうれしい。

はっきり言う。

「健常」という言葉の方を見直すべきだ。

まだ本は読了していないが、いろいろなヒントがあるし、「特別な人」の問題ではないものを解明してくれる。そういう子どもを持つ親だけでなく、すべての人に読んでいただきたい本だと思う。

なぜ、伝わらないのだろう?

なぜ、知能は高いのにこんな簡単なことができないのだろう?

こういう双方の疑問を解決し、さまざまな個性を持つ子どもたちの接し方、伸ばし方のヒントを与えてくれる。本の中にある問題は、典型的な人とオリジナルの人との垣根がそれほど高くないことを示してくれる。

今日の皇太子ご一家は、恒例のスキー旅行へ。

その裏側にあるものも私は知っているがそれはともかく。

愛子様にも、学習院の子どもたちにも、本当に一切配慮なし。

それほど「送金」が大事なのかと。

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コメント

障害は一つの個性だとも言いますね。

苦労して親が受け入れ、本人が受け入れても、世間の皆様に理解してもらう事は難しいです。

身体障害や知的障害なら一見してわかりますが、知能が高く、外で問題を起こさない(ストレスは家で発散)タイプの子は、カミングアウトしても、本当に理解してもらえません。


世間を騒がせた殺人犯がアスペルガーだったなんて報道は、ますますガードを固くしてしまいます。

投稿: みりょこ | 2010年3月24日 (水) 23時01分

みりょこさんようこそ~!
そうなんですよ…別に犯罪者予備軍なんかじゃないのに、個性的な犯罪を起こして注目を集める人が少しいると、そういう目で見られてしまったり、いろいろ理解には時間がかかりますね…

投稿: 闇鍋奉行 | 2010年3月25日 (木) 07時10分

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