« 結局あの「会見」は何だったのか | トップページ | 与謝野さん、FFやったことおありなんですか? »

2010年4月11日 (日)

愛子様を拝見すると…

私の子どもの頃とそっくりだったりする。

笑わない。  本当に、笑わなかった。いつも仏頂面で、ことにお愛想笑いがまったくできず、高校のバイトで苦労した。

挨拶しない。 …一応お辞儀くらいはできたと思うけど、とにかく人間に対して関心がなく、言われたとおりにするということも嫌がった。

ありがとうはいわないもん  …ありがとうやごめんなさいをちゃんと言える子ではなかった。今も子どもにそう言われる。

足が…  シャネルのマークのようにくねっと交差した立ち方が話題になったが、実は私もあの立ち方をよくしていた。今でも気を抜くと、してしまう。「足、どうなっているの??」と言われても…その方がラクなんで…ついでに手も変。正座した時に変な手の置き方をして驚かれる。

ついでに雅子様にも似た部分が多くて、雅子様・愛子様批判の所に行くと、自分のことを言われているようでいたたまれなかったりする。…一方で、「ああ、だから私は嫌われているのか」「自分は、そう見られていたのか」「こうすると、そういう風にとられるのか」といろいろ勉強になり、雅子様批判を自分のこととして見つめ直し、意識していたら、職場でも、実家でも驚くほど評価が上がった。

私の子どもの頃は、知的な遅れがなければ障害者として見られなかったが、今の時代なら、私にも障害名がついただろう。対人関係が築けず、自分の好きなことしかしないし、こだわりが強く、時に感情が爆発。めったに話さないが、口を開いても何を言っているのかさっぱりわからないと言われるし、どこに行っても孤立するのだから。

そんな私が、今は営業職をやって、毎日何人もの人と会ったり、飛び込みなんかしているんだからすごいものだ。

私は、自閉症や障害などがあってもさほど悲観することはないと思っている。その人の障害や個性はいろいろあるが、うまく理解を求め、自分自身と折り合っていけば十分能力を発揮できる。まずは、自分自身をよく見つめ、人は何をされると喜び、何をされると嫌がるかを知ることだ。

…が、愛子様に関してはあまり楽観的になれない。

私には「そんなの世間では通用しない」と根気よく教えてくれた母や、「おまえのことを好きな人間はいない」と暴言を吐いてくれた教師や、「あんたは使えない!」と言ってくれた多くの同僚・上司がいた。

愛子様に、そのような存在はいないだろう。

学校ではそういう機会もあったかもしれないが、あの会見事件が、愛子様に苦言も何も許さないことを宣言してしまった。同級生たちや、部活の先輩なども一切愛子様には何も言えずお客様扱いするしかないし、先生も見て見ぬふりをするしかない。東宮職員は皇太子殿下よりも愛子様にかしづいているし、皇太子殿下は雅子様の言いなり。

そして愛子様に過干渉の雅子様は、ご自身が義務を果たさず権利だけを求め、好き嫌いも激しく、人の諌言は一切聞かないときている…。

今後登校の情報は出さないとのことだが、始業式の報道を見ても、おそらく不登校は一時的なものでなく、慢性化しているということだろう。それをプライバシーとして隠ぺいしているうちに、悪化されるのではないかと危惧している。

|

« 結局あの「会見」は何だったのか | トップページ | 与謝野さん、FFやったことおありなんですか? »

コメント

書くかどうか迷ったのですが…。


自閉症にも色々なタイプがありますが、感覚が過敏すぎて生きづらいうちの息子のような子もいます。


たくさんの人の声が苦手で外食もできず、香水の匂いに耐えられず混んだ電車に乗れず、肌ざわりに違和感がある服は着れず…。


家の中でも1日中暑いとか寒いとか叫んでいるし、味覚も敏感で食事には苦労します。

これは全て脳の構造からくるもので、我儘ではありません。


記憶力がよく嫌なことも忘れられず、人の気持ちがわからず、傷つける言葉を言ってしまう。

息子も家族も苦しんできました。


環境の変化に耐えられず混乱が治まらず、精神科の閉鎖病棟に入院した方もいます。


障害は不幸ではない といわれますが、
それは健常者の考えも及ばない程の苦労を重ねてきた当事者と、気の遠くなるような忍耐力で支えてきた家族の口から語られる言葉だと思います。


私はまだそんな綺麗事言えません。

投稿: みりょこ | 2010年4月14日 (水) 00時04分

みりょこさん

当事者でしかわからない。当事者以外に何が言えるかというお気持ちもわかります。ズンとこたえました。
でも、これまでの世間の考え方は、障害者はすべて不幸という偏ったものが大勢ではなかったでしょうか。
その考え方は受け入れがたいのではありませんか?
障害でも抱えている悩みでも所詮は当事者にしかわからないことです。
でも、だからと言って、障害は不幸ではないという考え方は考え方は違うとは思いません。
そう思う人が増える方が、少なくとも偏見だらけの同情なんかよりよほどいいと思うんですけど。
内面の苦労や悩みは人がわかるはずはないのだから、人に見えない苦労は、厳しくとも人に頼らず自分で乗り越えるしかないということ。
安易な同情や勝手な偏見はいけないのだと改めて思わされた次第です。

投稿: アシュラ | 2010年4月14日 (水) 01時15分

みりょこさん、ようこそ。
たしかに障害にも本当にいろいろあって、一概に言えない部分があります。私たち親子の場合は強いこだわりがあり、能力に極端なズレがあったり、息子なども暑さ寒さに対する独特の感覚があったり、いろいろありますが、総じて「軽い」ものなので、私もこのように言えるのかもしれませんし、逆に相談した相手によって「問題なし」「アスペルガーの傾向」と非常にあいまいなために苦労する部分もあります。
我が家の一番の問題は息子の突発的な破壊衝動ですが、これが他人にも医者にも理解してもらえない。何でも無さそうなことで家具や家を壊したり、暴力をふるったりしますがすぐにけろりとするので、警察を呼んでも何もできないし、医者に連れて行けば…行けるということは非常に状態の良い時に決まっているので、能力に多少ばらつきはあるものの問題なく、コミュニケーションもしっかりできる好青年、で終わってしまいます。
これは亡くなった弟もほぼ同様。誰かが殺されなければ弟の異常さは誰にも理解できないのだと覚悟しましたし、結局精神病院で命を終えた時には、親も私も少し安堵したものです。
私の父方の家系の男性はみなそういう傾向があるようで、家庭内暴力は当たり前、なんでもないことでも激高し、包丁を振り回すのも普通、そしてたいてい自殺、という状態で、女でも私と伯母の一人がアスペタイプ。
「これは遺伝なんだから、あなたの躾のせいじゃないのだから」と慰めてくれる専門家もいましたが、それで何も解決しない…一生治らないし、子孫が同じように苦しむのが確定、ということなのですから。
でも悲観して運命を呪ってばかりもいられません。日はまた昇るし、子どもたちを育てるのは私だけ。自分自身も息子も、少しでも生きやすくなるためには自身を見つめ、何が問題なのかを分析しながら、社会と折り合っていくことと考えたら、前進できました。
息子も記憶力が良すぎて、1歳半の頃の話をいまだに言います。「あんたはイヤなことばかり覚えてぐじぐじ!3歩歩けば忘れる妹を見習いなさい!w」なんて言ってますが、息子が急に暴れるのも、結局そういう昔にあった記憶を何かで思い出し、結びつけて暴れるようです。
私も若い頃はそういう部分がありましたが、今は「なんでそう都合よく忘れられるんだよ!」と息子に罵られるほどw、すぱっといやなことを忘れて仕事に取り組めるくらいには成長できました。
私は、楽観的にならなければ生きていけません。

投稿: 闇鍋奉行 | 2010年4月14日 (水) 20時42分

アシュラさんようこそ。
横レスになってしまいますが…
この事件を機に、「障害とは」「自閉症とは」と語られる機会がとても増えました。
もともと愛子様には、自閉症などの障害を持つ子をの母親が数多く関心を寄せていたようで、かなり親身に心配したり、誤解する人に説明したりしています。
愛子様の状態が世に理解されることは、我が子や自分が理解されることに通じますし、雅子様や愛子様を必要以上の中傷から守ることにもなります。

投稿: 闇鍋奉行 | 2010年4月14日 (水) 20時52分

息子さんが行かれた病院は障害認定のできる所でしたか?


いくらうまく立ち回っても、精神科医が二面性に気づかないって事があるのでしょうか?


事前に家族が暴力の相談をしていたら、見た目は普通でも、心理テストなどにつながらなかったのでしょうか?


窓ガラスが割れるような騒ぎなら、ご近所から通報されても不思議ではないですよね。


本当に暴力で困っているなら警察もありだと思います。


後片付けは息子さんにさせてますよね。自分のケツは自分で拭いてもらいましょう。


あと どんなにそれらしく見えても、障害認定を受けていない人を障害者とは言えません。


投稿: みりょこ | 2010年4月15日 (木) 14時53分

みりょこさんようこそ~!
息子を相談したところはいくつかありまして、児童相談所では能力テストで「能力はあるが、アスペルガーの疑い有り」、病院Aでは1,2度受診して何も進展せず、病院Bは日本でも有数の大規模なところですが、何度か通って「夜眠れる薬」を出してもらったりもしましたが、やはり「アスペルガーの疑い有り」だけど「問題なし」で息子が行くことをやめてしまい、医院Cでは、また「能力はある、特に問題ない」。機関Dでは「能力があり、今もバイトが行えているのであればこちらでは対象外」
あと、専門家何人かと話しておりますが、「親子アスペ」だということは否定されないです。
非常にあいまいな状態で、障害者手帳のようなものはなく、福祉の対象にもなりそうにないし、「治療」できるものでもないし、自力で社会に適応させるしかないかな、と。
弟の時も同様でしたが、どんなに暴力的だ、何をするかわからない、と訴えても警察も病院も何もできないんです。「何か」が起こって初めて動く。そんなことが起きるのを望んでも仕方ないし、起こらないようにするしかないです。

後始末…後始末をしろと言ってもする子ではないので(本人は悪いことをしたと思っていない)、割れたガラスや皿などはとりあえず片づけますが、窓ガラスと壊れた壁はそのままにして「あんたが将来直すのよ」と言いつけてあります。おかげで凄まじい家になっております。

投稿: 闇鍋奉行 | 2010年4月15日 (木) 21時19分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 結局あの「会見」は何だったのか | トップページ | 与謝野さん、FFやったことおありなんですか? »