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2010年10月14日 (木)

ずる休み~この新鮮で懐かしい響き「ママは小学4年生」

今日も娘とキッズステーション「ママは小学4年生」を懐かしく見た。

このアニメは、15年ほど前に、「少子化すると玩具が売れなくなる。女児に、赤ちゃんを育てる楽しさを」というコンセプトで作られたテレビアニメーション。小学4年生の女の子が、突如未来からやってきた自分の赤ちゃんを育てるというストーリー。「赤ちゃんって可愛い!」「赤ちゃんって大変!」を、楽しく体感できる物語だ。

両親は外国に行ってしまい、代わりに留守番にやってきた20歳のおばさんだけが頼りという主人公・なつみだが、漫画家志望のおばさんは赤ちゃんが大嫌い。「あたし一人で育てる!」とがんばったものの、とうとう学校を休まざるを得ない展開に…

「もうっ!おばさんのせいであたし、ずる休みしなくちゃいけなくなったじゃない!」

ずる休み!

なんだか懐かしい、しかも新鮮な言葉に思わず娘と目を見合わせてしまった。
「最近は、ずる休みって言わないわよねえ」
「うん、サボリっていうし…」
「『ご負担』とか『恐怖心を克服できず』とか…」
「www」

そう、「ずる休み」は、私が子どもの頃は普通に言っていたが、それが「学校に行かない権利」のもと「登校拒否」という言葉になり、今はそれが長期にわたると「不登校」になる。
たとえ「これは病気ではないなあ、行きたくないんだなあ」と思っても、親も学校も「ずる休み」とは言わず、子どもの自主性を重んじる時代になった。

…で、今は「不登校」は当たり前という時代だ。

私もまあ、今なら発達障害の病名がいくつついてもおかしくない性格で、小学校の頃などは毎日ごみをかけられ、リレーに負けたのはおまえのせいだと足をかけられ…ではあったが、とりあえず自分で勝手に「休んでいいのは一学期に一日まで」と決めており、いわゆる不登校にはならず、どんなに嫌われていてものうのうと学校に出ていた。

当時はどうあっても、休んだほうが「ずる休み」(=負け)だったから、「学校に行かない」などという選択肢は、なかったのである。

今は、「ずる休み(死語)などと決め付けず、子どもの言い分を聞いてあげよう」となっているが、学校に行けない子どもは増える一方だ。もちろんそれを受け入れる学校は増えており、私も息子の未来にさほど悲観しているわけではないが……たとえば

「能力はあるのだが決められた時間に出勤できず、小さな人間関係で深く傷つき外に出られなくなる人」と、
「能力は今ひとつだが、決められた時間にきちんと出てきて、叱られてもちゃんと克服する皆勤賞受賞者」

がいたとして、自分が事業経営者ならどちらを採用したいか、と言ったら……
やはり後者ではないだろうか。

「ずる休み」という侮蔑的な言葉が、小さな私を発奮させた。
今は学校に行けない子どもたちに、優し過ぎるのではないか。

☆ ☆ ☆

それにしても、やはり「ママは小学4年生」は何度見てもいい。
特にこの「おばさん」がピリッと効いているキャラクターだ。20歳だというのにどこか幼い個人主義者。自分がマンガを描くと言う夢には夢中だが、一般常識が無い、普通の女の子らしい働きをしないと親を嘆かせる。
自分だけが可愛いから、小学生の姪っこにも、またその子どもだという乳児にも容赦が無い。

「この子がいるからあたしはマンガが描けない、あんたは成績が下がる!警察にでも、届けちゃいなさいよ!」
「自分の子は可愛いだろうけど、他人の子は可愛くないのよ!」

ひゃー

当時、こんなことをはっきり言える人はいなかった。いや、今だって普通はこんなことを口走れない。

口走れず、「赤ちゃんって可愛い」と、優しいお母さんを装わなくてはいけないから、疲れきって虐待に走ってしまう人もいるように思えてしまう。

子どもは、可愛いだけではない。
無力で理不尽な存在で、これまで自由に羽ばたいていたはずの自分の行動を制限する。
育児とは、それを受け入れられるかどうかが大切で、この作品では、なつみと赤ちゃんに理解的な人ばかりではなく、こんなすごいことを叫んで逃げ出してしまうおばさんがいるし、なつみ自身が育児に疲れきってしまうあたりもまた、秀逸だ。

そして、こんな自分勝手なおばさんが…

最終回で、視聴者をおおいに泣かせることになる。

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コメント

おはようございます。懐かしいアニメの話に喰いついちゃいました!

私も見ていました、このアニメ!おばさんも何故か憎めなくて好きでしたね。
『こんな風にバサッと言えたら気持ちいいだろうなぁ』と。皆が葛藤しながらも成長しているんだな、と分かる内容で、今はなかなかお目にかかれない貴重なものかも。同じ様な内容で『赤ちゃんと僕』というのもありましたね。

不登校に対して甘すぎる・・・その一面はありますね。但し、苛めが陰湿している今日、その言葉だけでは片付けられない部分はありますが。
子供の社会は大人社会の縮図と言われるように、大人が心を無くしている現代でその親に育てられた子がまともに育てる訳もない。自分勝手で無責任で自己管理も出来なくて、それでいて人を平気で傷つける。傷付けたことにも気づけない。プライドばかり高くて中身がなくて・・・

ただのサボリなのか、仕方ない理由があっての事なのかをきちんと判断&対処しないといけませんよね。

投稿: 瀬津喩 | 2010年10月14日 (木) 07時34分

瀬津喩さん、ようこそ、始めまして~
ママ4、懐かしいですよね!
やっぱ、「おばさん」ですよね!w
あれはもっと評価されていいと思います。

苛めもいろいろな性質があるし、子どもたちもいろいろ。一概に「学校に行かないのはずる休みだ」で片付けてもいけないでしょう。でも、なんだか最近、「学校は楽しいから行く、楽しくないから行かない」というような子どもの声に応えすぎて「学校は楽しくあるべきだ」みたいな、学校に行きたがらない子に合わせすぎの風潮がないだろうかと思います。
私は、あんなにいやな目にあって、学校がイヤだとも思いましたが、休み時間や給食時間以外の、授業時間は楽しかったですし、とりあえず「出る」だけで点数が稼げるんだということも理解できた。
だから、欠陥だらけでもなんとか社会でやっていけているんだと思います。ありのままの学校を楽しめず、「楽しくなければ行ってあげない」というような心得違いをしなくて、本当に良かったと思います。
社会は、そんなに優しく楽しくしてくれるものではありません。
世界は、テーマパークじゃありません。
隣の国は、戦争中。
その対戦相手は、日本にミサイルを向けているし、その向こうの国も、日本の水源や土地を買いあさるという形で攻めてきています。
雇用だって、どんどんそれらの国に持っていかれています。
けれど、かつてのナチのように外国人排斥だけを訴えるのは、ある意味敗北ですね。
日本人、しっかりしないと。
子ども、甘やかさず国を守れる強い人材にしないと。
自分も子どもらも恥晒しですが、そんな私たちでも「甘えてていいわけがない」と考えています……

投稿: 闇鍋奉行 | 2010年10月16日 (土) 01時50分

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