3月11日以降の漫画の読み方
子どものときに呼んだ漫画が、自分の成長につれて感じ方が変わるようになることがある。
たとえば、「ベルサイユのばら」など、小学生の頃はロザリーの視点で楽しんでいたようなのに、大人になるとオスカルの視点に、そして結婚し人生の苦味も知ると、なぜかこれまでまったく関心がもてなかったフェルゼンの献身的な愛に涙したり。
アニメ「火垂るの墓」だって、あのおばちゃんはなんてひどいのだろう、と感じていたのに、いざ自分で家庭を切り盛りするようになると、おばちゃん気の毒に、あのご時世じゃ自分の家族だけで精一杯よねぇ、……清太さん、甘すぎるわ!せめて家事くらい手伝いぃ!などと叫んでしまう。
…そして、3月11日の大震災以降、なんだか自分が変わってしまったようで、今はナウシカを見ても未来少年コナンを見ても、これまで以上のリアリティを感じてしまう。
進撃の巨人(1) (少年マガジンKC)
著者:諫山 創 |
生物の概念を越えた「巨人」が世界を闊歩し、ただひたすら人間を食う……
あの理不尽な存在の「巨人」への漠然とした恐怖が、今は妙にリアルである。
この世界の人々は、身長15メートルほどの巨人襲来に備えて、最大50メートルもの壁を立てて備えていた。100年も、その世界は平和だった。なのに突然、50メートル以上の巨人が現れて簡単に壁を撃破、それまで主人公たちが住んでいたエリアは巨人たちに蹂躙され、愛する家族たちも飲み込まれ、故郷は失われる……
津波に関しては世界一の備えを誇っていた町々が、想像以上の大津波に襲われ飲み込まれた。
なんという理不尽。
もうだめだ、人類最期のときをせめて家族と過ごしたい…!
死に方くらい自分で選びたい…
巨人への恐怖に克てず、絶望し逃げようとする兵士たち。
彼らを鼓舞するのは
「その巨人の恐ろしさを自分の親や兄弟
愛する者にも味合わせたいものも!
ここから去るがいい!」
「我々はこれより奥の壁で死んではならん!
どうかここで
ここで死んでくれ!」
という言葉だ。
……
軽々しくここで言うのもなんだが、
今の日本には、このくらいの厳しく力強い言葉が必要なのではないか、と思う。
目には見えないが、たしかに巨人たちは侵攻しているように思える……まだ食い足りないのか、不気味な笑みを浮かべてじわじわと日本を歩いている。
この圧倒的な力に対抗する物語に、自分も鼓舞されたいと思う。
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