息子に定価弁当を買い与えてみた
…いやあ。
ラノベ「ベン・トー」を読了してみたのだがなかなかに楽しかった。
最近は仕事がいろいろ変化して、じっくり本を読む環境に無かったのだが、少しずつでも読めたし、夜毎その話題を息子とするのが楽しかった。
…で、今日はお昼前にちょっと家に立ち寄れる状況で、まあ自分だけ飯を食うのもなんだが、と一応スーパーで安い弁当を定価で買って帰ったのだ。
コストパフォーマンスだけは素晴らしい弁当。
白飯の上に、色とりどりのてんぷらをのせ、甘辛いつゆをかけた、シンプルな「欲張りてんぷら弁当」399円。
えびやナス、いんげん、細竹など具は豊富。細くともえびは2尾も入っているあたりが秀逸だ。
ちゃんとお口直しのガリも添えられている。
これが400円払ってお釣りが出るとは、涙が出る。カロリーも十分で、大震災でも生き残れる気がする。
帰宅すると、やはり息子は眠っていた。
震災以来、上から本が落ちてくる寝床ではなく、PCの前の椅子で寝るのが普通になってしまった息子。
忙しいし面倒なので、一人で食べ、また出る時に「弁当が台所にある。半額ではないがな」とメールした。
夜帰宅して、「どうだった?」と聞いてみた。
息子は少し迷いつつも言った。
「……まずかった」
そりゃそうだろう。
コストパフォーマンスは絶賛に値するが、しょせんは作り置きのスーパーの弁当だ。ことに揚げ物は、いろいろ厳しい。しんなりとしたてんぷらに美味を追究するほうがおかしい。
しかも、定価だ。最初から、半額設定かという、定価だ。
あの小説を読んだあとで、満足できるはずがない。
「おまけに、オカンに買い与えられた弁当だからな」
と言うと、息子は超溜飲が下がりますという体で、拳を握って同意した。
「そうなんだよ! 戦って手にした弁当ではないどころか、自分が食べたいと思って手に入れたものではないんだから!」
おごってもらってその言い草か、とは思うが、これもまた真理。
そう。
おいしいものを食べたければ、戦わなくてはいけない。
人の情けに頼っていてはいけない。
親の庇護などもってのほか!
半額弁当を命がけで奪い合うという、かなりばかばかしいことを真剣に描くラノベが、息子の就労意欲に火をつけた。
空腹を理由に、半額弁当を奪い合う青春は、もはや取り戻せない。
今、自分は、食いたいものを、与えられるのではなく自分で手に入れるべきなのだ。
ああ、私にも覚えがあるが、それが自立への一歩だと思う。
2月に決まったいいバイトは、4月までと宣告を受けた。5月からの道を探らなくてはいけない。
親に恵んでもらった定価弁当の心理的なまずさに、息子は奮起したようだ。
…早く、自分で稼がなくては!
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コメント
うまい飯の為に働く…。
食べ物屋さんで働くというのはどうでしょう?
私も湯豆腐屋でバイトした時、人使いは荒かったけど、賄い飯のうまさに感動しました((≧∇≦)
余談ですが、うちの近くの餃子の〇将では、お腹いっぱい好きなだけ食べて、何時間か皿洗いをすれば勘定をチャラにしてくれるという制度があります。
投稿: みりょこ | 2011年4月19日 (火) 15時06分
みりょこさん、ようこそ~!
私もかつて、愛想笑いというものができない頃に飲食店でバイトし、社会勉強させていただきました♪
やはり、働くということ、食べるということを考えるのには、高校生くらいでバイト経験するのが一番だと思います。
…この小説の主人公はバイトでお金を得るのではなく、たとえたっぷりと資金を持っていても、半額弁当を命がけで奪い合う歓びに目覚める、というストーリーですが…
投稿: 闇鍋奉行 | 2011年4月20日 (水) 21時52分