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2011年10月29日 (土)

近所でDV騒ぎがあった

いささか平穏を得た我が家。
ああ、仕事は忙しいが、合間にアプリを楽しむ日々。
今日も帰りは遅くなったが、のびのびと過酷な不眠不休のハロウィンイベントワイナリーとか、かもすぞーのイベントとか、そんなものを楽しんでいたところで、凄まじい悲鳴や怒号が聞こえた。

…詳細を知るわけではないけれど、1週間程前からその家には見慣れない子供乗せ自転車が留まっていて、何かの事情でおばあちゃんの家に滞在しているんだなあ、と見ていた。

で、どうもパパが迎えに来て…それを母子が拒否。
パパさんはすぐに手が出るタイプのようで妻子に暴力を振るい、ママは鼻血を出しながら高熱の我が子を抱えて飛び出し、助けを求めて騒いだようだ。

女を殴って当たり前

という家が問題になったのは、四半世紀くらい前か。

私の父は、妻子に暴言ばかりか暴力を振るうのが当たり前だったし、母に聞けば、父の実家は本当に妻子に暴力上等、殴る蹴る、暴言を吐く、包丁をもって妻を追い回すくらいは常識の範囲内…という育ちだった。
一応、父は一流大学出身の一流企業戦士だったのだけど…
父の暴力に震え、弟の暴力に震え、逃げるように結婚相手を見つけて家を出たのだけれど

遺伝子レベルの問題だったようで、いかに「そうならないように」と育児を頑張っても、まさにその通りに息子は育ち、今度は息子の暴力に脅えるということになったのだった。

で、うちで大騒ぎになったときに、迷惑そうな顔をするどころか親身になって荒ぶる息子と対峙してくださったのが、この「おばあちゃん」。
その方とお嬢さんが悲鳴をあげて助けを求めているのに、知らん顔はできない。

ったって、私に何ができるのかと思うけど…
集まってきたご近所の方々も、様子を見て帰ってしまった。
いい顔をしているパパさんも、私一人がギャラリーと見ると本性も出す。

息子が、顔を出して様子を伺い、鼻血を出しているのなら必要だろうとティッシュを持ってきた。
たまたまバイトで帰りが遅くなった娘も、その場でただ佇んだ。

私としては、傷ついたお子さんやお母さんも気になったが、こういう虐待では、ささやななえこさんの漫画にあったとおり、虐待する親をまず救わねば…という気持ちで「お父さん、愛情の表現が違うのでは…」と声をかけるのが精一杯だったが、家に帰って子供らに「それは違うだろう」と非難されまくった。

荒ぶる側にとっては、そういう上から目線で優しい人ぶる言葉がものすごく腹が立つのだそうだ。

息子も娘も経験者だし…というか娘など現在進行形で荒ぶってるし!

だけどどうすればいんだか!
「事情も知らないのに首突っ込むなよ!」
たって、見て見ぬふりできるかあ!
詳しい事情を聞くこともできないよ!
「じゃあどうすればいいわけ?暴力ふるうなボケェ!とでも言えと???」
と私が切れると、息子は言う。
「ああ、そのほうがいい。むしろ『うるさいわよお!』でいい」という。
娘もそれに激しく同意する。

うーん、たしかに昭和の頃ならそれで完結していたかもしれないけれど…

自分のキャラ的に、それは難しいなあ……

でもまあ、隣近所がこの騒動を見聞きしたし、
暴力パパも、あれ以上短気を出さないだろう…


で、その騒動を一番近いところで聞いていながら、
我が夫は動かなかった。
かつて息子が大暴れをし、私と娘が泣きに泣いた修羅場で
ふらり知らん顔で出かけていっただけのことはある。

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2011年10月24日 (月)

顔が覚えられない!

娘が2才くらいのころだろうか。私はある驚きを感じた。

すごい!
人の顔を認識してる!
人間関係を把握している!!!!!!!

☆ ☆ ☆

…いや、冗談ではない。
私は、小さな頃から難しい本ばかり読むし成績だけはいい子ではあったのだが…

人の顔を覚えられない

というのが大きな悩みであった。

覚えなければいけない、という気持ちはあるのである。
が、覚えるのに大変時間がかかるのだ。
小学校なら名札がある。それで認識できる。また、座席とその人の名前を関連づけることでなんとかできたりもする。
が、席替えがあったり、名札のない遠足のような場所ではものすごく不安であった。
比較的仲の良い子は大丈夫。特徴ある顔の子もなんとかなる。
が、どうしても何人か、はっきり認識できないままの子が学年末までいるし、近所の人や親戚も、なかなか覚えられない。
覚えてない、じゃすまない、失礼なことはわかる。
だから、そういう失礼をしないようにうつむき加減だったり、本を読みながら歩いたり(おかげで二宮金次郎と呼ばれていた)、人の顔を見ないようにさえした。
それでますます覚えられず、人間関係が築けなくなるのだ。

それでも、中学、高校くらいになると自分なりに工夫するようになる。
自分が、二次元ならとても認識しやすいことに気づいたのだ。
漫画やアニメのキャラクターならなんぼでも……はもちろん、苦手な人間の顔も、写真を落ち着いてよく見れば覚えやすい、ということに気づいた。

が、卒業アルバムを手に入れてから覚えても遅い。
遠足などの写真を、それも覚えていない男子の写真をじっと見つめているわけにもいかない。

なるべく人の多くない職場で、人とあまり触れ合わず、黙々と作業する仕事か、あえて不特定多数の人と浅い接客をする仕事しか、しようがないのは自覚した。

……が、今現在私は、「営業職」をやっている。よりによって、飛び込みをし、お得意様を作り、交渉し、という自閉症には絶対にできそうにない職だ。
そして数百人のお得意様を認識している。な、なんと、数百人もの顔も覚えているのだ!

最初は、場所とその人を結びつけるしかなかった。
が、あるとき街を歩いていて、とある方に声をかけられたのだ。時間帯も場所も違う、こんな場所で…
でも、なんとか思い出せた。ああ、あの店のご主人じゃないか…
この方の場合は、結構お顔に特徴があった。ジョージ秋山が描きそうな顔だったのだ。それで覚えていた。

私はそういう関連付けをすれば、ちゃんと人の顔が覚えられるのだ、と気づいた。

藤子不二雄が描きそうな顔、ちょっとおりも政夫に似た人、あらやだいえっさに似てるわ…そんな感じで顧客や飛び込み先を頭の中で整理し始めた。おお、なんか覚えられるぞ!

例えば、アイドルグループ「嵐」の場合、子供たちが小さい頃からバラエティで見てきたのにも関わらず、顔と名前が一致しない状態だった。
本格的に売れるようになって、濃い顔のマツジュンは、覚えた。
可愛い顔なのに知的な桜井くんも覚えた。
童顔だかおっさんくさいんだかわからない大野くんも覚えた。

…しかし、昔の番組でいつも恐怖スポットに駆り出され、涙顔が赤外線カメラでアップにされていた相葉くんと二宮くんは、…この二人の名前だけ覚えて、毎週アップを見ていたのにもかかわらず、最近までまったく認識できなかったのが……

「あ、二宮くんって、ハリセンボンの細いほうに似てる」
と気づいたら、どこにいても見分けられると自信がもてるようになった。
残る相葉君は、なかなか難しかったが、魚のウマヅラカワハギを捌いて刺身にしようとしたときに、なぜか相葉君の顔を覚えられた。…なぜだろう。

とにかく、私なりに頭の中で二次元化し、似顔絵を思い浮かべると覚えられるようになったのである。

今、私の意外な特技が「似顔絵」である。

正直、これで首がつながっているw

お得意様や、上会社の方の似顔絵を短時間で仕上げ、これがいろいろと役立っている。
ある社長さんなど、勝手に商標登録して商品化しているくらいである。

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2011年10月16日 (日)

稜線を行く「アスペルガー」

先日、ひょんなことから登山をした。

山頂に上り、稜線を辿って森の中を歩く。
両側は急傾斜。落ちたら這い上がってくるのも大変そうだ。うっかりこんなところでトイレに行きたくなったら大変だ…

しか面白いのは、同じ森のようでいて、右と左の景色がまるで違う。

片側は比較的若く明るい雑木林のようで、地面には落ち葉が積もっているのが見える。

もう片方は、鬱蒼とした原生林の様相で、落葉松の古木には藻のようなものが絡まり、地面は苔むしている。

稜線を行く道は、わずか1メートルほど。

なのにまるで別世界が広がる……

山のこちら側とあちら側、という環境の違いが、これほど生物に影響を与えるとは……

☆  ☆  ☆

最近、ネットの世界を泳いでいると「アスペ」という言葉が罵倒語になっているのに気づいた。

何かにつけて「おまえ、アスペだろwww」などと罵りあうのだ。
発達障害に関する記事や書籍、テレビ番組などは数多く、理解を得られたかと思うと、こういうこともある。

「アスペルガー」という言葉が世に知られたきっかけが、少年の猟奇的犯罪だったこともあるし、昔と違ってコミュニケーションが重要視される時代にもなって、この言葉にネガティブな印象が強くなってしまったのは否めないだろう。
昔だと「成績はいいけど変わった子」だったのが「障害者」として認識されるようになって、いろいろ鬱憤が晴らされることになったともいえるだろう。
延々、「本当に迷惑!」「使えない」「天才とか言ってて痛すぎる!w」など、私自身も耳の痛い体験談や、歯に衣着せぬ言葉がとびかう。

……1980年代には「パラノキッズ」と表現され、それが「オタク」という言葉に代わり、こだわりが強くコミュニケーション下手な私たちはずっと差別されていたから、もうなんとでもーと思うけれど……

でも本当に、アスペルガーとよばれる人々は、この稜線を歩くように環境や性格、育てられ方によって極端なのだ。

恵まれた人は、学者や芸術家などの世界で花を開かせる。数学など多くの学問は、こういった傾向の人の存在無しでは成立しなかっただろうと思う。人類の発展を、アスペルガーが支えたと言っても過言ではない。

が一方で、理解しがたい犯罪を犯したり、引きこもりなどになったり、トラブルメーカーだったりして難しい存在なのも事実だろう。

ほんのちょっとの違いで、天才にも極悪人にもなってしまう。

こんな稜線に生まれてくるのが、アスペルガーなのだ。

天才とまではいかなくても、自分の持って生まれたものを活かし、社会で孤立しないようにするにはどうすればいいか……

私は、早期に自分自身、あるいは親が子のことを知ることだと思う。

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2011年10月 1日 (土)

子どもをモンスターに育てる親

発達障害ボーダーで、かなり個性的な息子を持った私。

自分自身も、今ならアスペルガーと言われたタイプで、子どもの頃本当に悩んだだけに、「自分の子は、まともに育てよう!」と、自分なりに思っていた。

生んで顔を見た瞬間、直感的に
「この子は、自分の同類だ……」と感じてしまったけれど。

社会性を育てるために毎日2時間の外出と公園遊びを欠かさなかった。
文字になるべく触れさせること無く、まずは社会性を……と頑張ったけれど、坂を転がるように自分と同じ、幼稚園前から字を読むのが大好きで、人間に関心が無く、自分の考えを曲げず、独自の正義をふりかざす。

ああ、違うんです、私の教育方針じゃありません、この子が変なんです~~

と泣きたいことも多々あった。

けれど、自分の行状を子どものせいにするのは違うと思った。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/111001/imp11100107000001-n1.htm

いじめ不登校事件から約1年半。

前代未聞をいくつ重ねたか知らないが、9月中旬の学習院初等科4年生校外学習に雅子妃が同行したことに、大きな波紋が広がった。
これまで同情的だった人でも、4年生の校外学習に親が付き添うというのはよほどのことだ、と批判的になる。
さらに、雅子様同行のために高級ホテルが選ばれ、雅子様は1泊12万円のインペリアルスイートルームに2泊、ホテルの用意した特別懐石料理を召し上がった、白バイ2台、警備車両などもついて警備費だけでも1日1000万円、3日で3000万円の血税が…などとあちこちで報道されたことで批判噴出、雅子様ご夫妻も驚いたようである。

で、小町新東宮大夫が出したコメントが上のリンクなのだけれど……

まず、雅子様は愛子様の通学状況を報道されるのが心労だとか。

それはおかしい。
もともと、愛子様の通学状況が逐一報道されることになったのは、他ならぬ雅子様のご意向のもとのはず。
あのいじめ会見だって、雅子様のご意向なのは明らかだ。もしも野村前東宮大夫の失言であれば、すぐにでも雅子妃が収束させられたはずだし、遅くてもアフリカに出かけられた皇太子殿下が帰国後すぐに収束させたはず。
だから3月19日の定例会見が注目されたのだ。
「愛子様は、いじめのために登校に不安を抱えていらっしゃる」というシナリオを国民に示したのは、雅子様ご本人。
さらに、学習院がいかにひどいところか、愛子様をいじめる男児がいかに異常か、という報道がいくつかあったのだが、それらがいずれも、発信源が雅子妃以外にありえない。

たとえば、「足蹴にされた」事件だって、不登校の原因にはなりえない。
なにせ、愛子様はその前から不登校気味で、その日は給食前に、雅子様のお迎えで下校なさるところだったのだから。
この日何が起きたのか、私は独自の見方をしているが、それには触れない。
ただ、週刊誌の記事でそれを目撃して証言できる「保護者」というのは、雅子様しかありえない。
さらに、乱暴男児の情報を週刊文春がとりあげた。ライターは友納尚子なる女性。
これまでにも、皇太子ご一家に「肉迫」する記事や著書を書き、その場に居合わせたように描写するのに東宮大夫も「会ったことは無い」と首をかしげる、人によっては「雅子様のペンネームか」と揶揄される注目の人物だが、
このライターの署名記事では、「ひどいいじめを受ける愛子様」の描写が冴える冴えるw

学校も、東宮職も、「直接的ないじめはない」と証言するなか、このライターはすごい勢いで雅子様の御心を代弁してきた。
愛子が学校にいけないのは、この子のせいなの!被害者なの!

そしてしばらくしてひっかかったのが、いじめていたのはA君ではなく別の子とする記事だ。
…恐らくここで何か転機があったのだろう。これまで祭り上げられていたA君ではなく、別の子を主犯として攻撃させようという意向があったようだ。

その子の名前は、愛子様の日記に書かれていた…!

その日記を見た保護者は…とまた証言が続くが、

そんな日記を見られる「保護者」って、日本に2人しかいないはずでは????

しかも、誰も聞いちゃいないのに、その子どもの背景には紀子様が…と仄めかす。

うわあ。

これまで雅子様が秋篠宮家を攻撃しているというの、話半分に聞いていたけれど、本当だったんだ!と驚いた。

学習院に通うお子様で、学習院大学教授である川嶋氏にゆかりのある子などいくらでもいるだろうし、またずいぶんなスケープゴートを出したもんだ、ご自分の正体を明らかにしながらw

「愛子を天皇にしたい」雅子様と小和田家には、秋篠宮家を攻撃する動機があるが、秋篠宮家には愛子様をいじめる理由が無い。それどころかこれまでも、ご両親よりも愛子様を支えているし、愛子様ばかりか皇太子ご夫妻がきちんとしてくれるのを一番望んでいるのが、この秋篠宮ご一家だろう。

で、同情して、かわいそうでしょ、被害者なの、というスタンスで周囲を傷つけながらやってきた皇太子御一家。

この校外学習バッシングで、出した姿勢がこれだ。

「まだ10歳にも満たない一人のお子さまの問題」であり、通学問題がたびたび報道で取り上げられることが、病気療養中の雅子さまの心労になっているとして「今こそ静かな環境でのご通学の確保が非常に重要」

はあ、あのいじめ会見の時には、まさに幼い内親王の通学がおもわしくないことをわざわざ発表することに皇室記者が驚き、なぜそんなことを、と問いただしたのだが。
皇后陛下も「なぜそんなことを」と驚かれたようで。
皇族の皆様も、学習院では一児童生徒学生として、いろいろな逆風を経験なさる。中には不登校などに陥る方もいらしたが、それをリアルタイムで公表し、被害者ぶるようなことは、まったくなかった。

「愛子が学校に行けないのは他の子と、学校のせいなの!」と掟破りの報道をさせ、注目させたのは他ならぬ雅子妃殿下だ。

さらに注目を集めたのは、病気療養中であるはずの「皇太子妃」が、公務も何もせずに内親王の登校に日参し、白バイやら大名行列やらを繰り広げたことである。

少なくとも「皇太子妃」が、通常の公務にとは言わないまでも、きっちり療養に励み、職員らに内親王を任せていれば、たいして報道されなかっただろうに。
さらに校外学習にまで付き添えば、いやでも注目されるだろうし報道もされる。

未曾有の災害で日本の未来がどうなるか、という時代にこれだしね。

で、数千万円の負担を各県に負わせ、ホテルも自分仕様にさせ、どういうわけか愛子様にほとんど会うこともなく山中湖リゾートを楽しまれた…としかいいようがない状態。それで起きる不満や疑問の声を
「愛子を心配してくれてありがとう!」で応えるか。

で、…これも記者は聞いちゃいないと思うのだが、このたびの校外学習への御付き添いは、愛子様のご希望だとかで……

前にこのブログで、「愛子様の希望で」で野球観戦というのに私は怒った記憶があるけれど、内親王のわがままで皇太子ご夫妻が動くなんていうこと、まずありえない。

内親王というのは歴史上難しい立場だし、どんなに幼くても両親の立場を理解し、内親王らしくふるまわなくてはいけない。
またそのように指導しなくてはいけないのが皇太子ご夫妻のはずである。

自分に火の粉がかかりましたよ、こまりましたよ、
でもそれは愛子内親王さまのご意向に両親が従っただけですよ、だって子どものいうことですから、
「ママが来るなら愛子、校外学習に行ってあげてもいいよ☆」というんですから、そりゃあ皇太子妃もつきそいますよね、別に雅子は悪くないですよね、愛子はまだ10歳に満たない子だし罪はないでしょう、
国民は愛子を心配してくれてありがたい、そう、愛子は被害者ですからね、これからも学校は愛子の意向を呑むべきだし、雅子は愛子の意思を尊重して好きなようにするべき。
だって、愛子の希望なのだから…

っていうのが、今回の会見の主旨なのかな?

愛子様、雅子様の盾としていい様に使われてますね。

「うちの子が~」を理由にいろいろやる親は珍しくない。

でもそれは大抵自分の意思を表現できない幼児の親。
で、同時に自分の責任も、子の人格も認められない親なんですよね。

愛子様はもうすぐ10歳、皇族として自覚を促されるお年頃。

促すどころか駄々っ子扱いして自分の欲望を満たす道具にする妃殿下。

とうにモンスターペアレントの代表格だと思うけれど、愛子様はこれからどれだけのモンスターになるかと。

今現在、優秀でリーダーシップがおありで、皇太子夫妻という武器を携えて学校に乗り込み、児童はおろか先生もひれふさせることを覚えた内親王なんて、どれだけモンスターなのかと。

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