義務と権利が、違ってます
週刊文春の友納記事に続いて、新潮45でも、雅子様の苦悩について核心に迫るような大きな広告に釣られて、玉砕した。
両誌とも、見事にまったく核心に触れず、雅子妃の独善的な主張で皇室や国民を糾弾するだけの内容だった。
友納女史についてもいろいろ不思議だが、今回新潮45というそれなりにステータスのある雑誌に大きく取り上げられたのは、鳴門真彦というジャーナリスト。
といっても、検索してもまったく出てこない新人さん。
なるとまさひこ… なるひとまさこ… おや、単純なアナグラム…?
それなりに期待して読んでみれば……これ、友納尚子さんとどう違いますか…?
まず、男性視点には見えない。皇室、皇統についてはまったく無知。ただ雅子様の擁護というより、何が何でも徳仁親王を皇位に就け、雅子様のお望みどおり愛子様を天皇に…という奇妙な執念しか感じられず、ただひたすら稚拙で不快なだけの文章だった。
なんとまあ、この筆者は、皇室に対して無知で、ネガティブなのだろう!
雅子様問題の核心は「男児を産めなかったこと」というトラウマで、女子に皇位継承権を与えず、皇太子妃を子を産む機械としかみなさない皇室の体質、男児を産めなかったからといって批判するマスコミやサイト、国民が共犯者であり、愛子様の登校問題について雅子妃が異常な行動に出たのも、このことに比べれば瑣末なこと!と切り捨てている。
……うちは平凡な育児ブログだけど、最近は雅子妃批判の関係で検索していらっしゃる方も多いようで……あれ、もしかして私も共犯者???
けど私、雅子妃が男児を産めなかったことについて批判したことなんか、一切ないと思いますが……
ついでに、この文章についてあまりの女性差別に立腹してしまった。
まず、「皇位継承権」という言葉だけど、これは日本の皇室については違う、と思っている。
王の定義には各国いろいろあるけれど、ヨーロッパの王室などは、日本の大名や将軍と同じ様な、封建的なものである。
継承するのは、土地と民の統治権だ。
それなら血統はともかく、男女関係なく能力のある人が継げばいい。今は民主政権との両立をする国がほとんどだし、能力も男女も関係なく、適当な人が王冠を被ればいい。他国の流儀に文句をつける気はない。
しかし日本の皇室はそうではない。
そういう次元を超越している祭祀王だ。
天皇になったって、権力を行使できるわけでなく、言動は慎まなくてはならず、義務ばかりが肩にのしかかる。
なりたくてなるというより、その血筋で生まれれば否応なく受けざるを得ない、権利ではなく義務である。
今現在、皇位継承順位をお持ちの方は正式には6名。
「権」ではなく「順位」というところに注目。
天皇になることは権利ではなく、当番制のようなものなのだ。
天皇という地位を得ることは大いなる誉れではあるが、大き過ぎる義務を背負うことになる。
人であって人でない、そういう姿勢を求められる、それが天皇なのだ。
一方、近代皇后はどうか。
一夫多妻が当たり前だった我が皇室だが、他国や大奥のようなものとはまるで違う。
古代から、天皇やその子の妻になり、子を産むことは、強い家の女性にだけ許された特権だった。
オオキミと縁を結んで援助したい豪族たちと、血統の正しさを持つ皇女たちだけが、その特権を享受した。
奈良時代以降は、藤原氏がほぼその特権を独占することになった。
そして昭和の時代、今上の時代から、「ミカドや親王の子を産む特権」を広く国民に求め、大いにその特権を与えているのである。
雅子妃は檻の中にいるのではない。
キャリアも出産育児も思いのままという環境で、
なるとまさひこ… なるひとまさこ… おや、単純なアナグラム…?
それなりに期待して読んでみれば……これ、友納尚子さんとどう違いますか…?
まず、男性視点には見えない。皇室、皇統についてはまったく無知。ただ雅子様の擁護というより、何が何でも徳仁親王を皇位に就け、雅子様のお望みどおり愛子様を天皇に…という奇妙な執念しか感じられず、ただひたすら稚拙で不快なだけの文章だった。
なんとまあ、この筆者は、皇室に対して無知で、ネガティブなのだろう!
雅子様問題の核心は「男児を産めなかったこと」というトラウマで、女子に皇位継承権を与えず、皇太子妃を子を産む機械としかみなさない皇室の体質、男児を産めなかったからといって批判するマスコミやサイト、国民が共犯者であり、愛子様の登校問題について雅子妃が異常な行動に出たのも、このことに比べれば瑣末なこと!と切り捨てている。
……うちは平凡な育児ブログだけど、最近は雅子妃批判の関係で検索していらっしゃる方も多いようで……あれ、もしかして私も共犯者???
けど私、雅子妃が男児を産めなかったことについて批判したことなんか、一切ないと思いますが……
ついでに、この文章についてあまりの女性差別に立腹してしまった。
まず、「皇位継承権」という言葉だけど、これは日本の皇室については違う、と思っている。
王の定義には各国いろいろあるけれど、ヨーロッパの王室などは、日本の大名や将軍と同じ様な、封建的なものである。
継承するのは、土地と民の統治権だ。
それなら血統はともかく、男女関係なく能力のある人が継げばいい。今は民主政権との両立をする国がほとんどだし、能力も男女も関係なく、適当な人が王冠を被ればいい。他国の流儀に文句をつける気はない。
しかし日本の皇室はそうではない。
そういう次元を超越している祭祀王だ。
天皇になったって、権力を行使できるわけでなく、言動は慎まなくてはならず、義務ばかりが肩にのしかかる。
なりたくてなるというより、その血筋で生まれれば否応なく受けざるを得ない、権利ではなく義務である。
今現在、皇位継承順位をお持ちの方は正式には6名。
「権」ではなく「順位」というところに注目。
天皇になることは権利ではなく、当番制のようなものなのだ。
天皇という地位を得ることは大いなる誉れではあるが、大き過ぎる義務を背負うことになる。
人であって人でない、そういう姿勢を求められる、それが天皇なのだ。
一方、近代皇后はどうか。
一夫多妻が当たり前だった我が皇室だが、他国や大奥のようなものとはまるで違う。
古代から、天皇やその子の妻になり、子を産むことは、強い家の女性にだけ許された特権だった。
オオキミと縁を結んで援助したい豪族たちと、血統の正しさを持つ皇女たちだけが、その特権を享受した。
奈良時代以降は、藤原氏がほぼその特権を独占することになった。
そして昭和の時代、今上の時代から、「ミカドや親王の子を産む特権」を広く国民に求め、大いにその特権を与えているのである。
雅子妃は檻の中にいるのではない。
キャリアも出産育児も思いのままという環境で、
徳仁親王の子(=未来の天皇)を産むという特権を独占していた。
☆
よく、雅子様はご優秀なのに旧弊な皇室に入って~とか言われるが、私は本当に優秀な女性なら、皇室ほどよい嫁ぎ先はないのではと思っている。
多くのキャリアウーマンにとって出産育児はデメリットになるし、そのために優秀な女性の遺伝子が残らないというのはあまりにもったいない!
けど、皇室に嫁げばそういうサポートは万全! 大いに能力を生かし、いくらでも子を産める理想郷だ。
これを子を産む機械というとは何事だ。
また、これをマイナスにしか考えられない人に皇太子妃であれ…というのは、無理だ、ということに尽きるのではないか。
☆
よく、雅子様はご優秀なのに旧弊な皇室に入って~とか言われるが、私は本当に優秀な女性なら、皇室ほどよい嫁ぎ先はないのではと思っている。
多くのキャリアウーマンにとって出産育児はデメリットになるし、そのために優秀な女性の遺伝子が残らないというのはあまりにもったいない!
けど、皇室に嫁げばそういうサポートは万全! 大いに能力を生かし、いくらでも子を産める理想郷だ。
これを子を産む機械というとは何事だ。
また、これをマイナスにしか考えられない人に皇太子妃であれ…というのは、無理だ、ということに尽きるのではないか。
皇太子妃の義務は、男児を産むことではなく、皇統を守ること。
昭憲皇太后は、一人もご出産なさらなかったけど
昭憲皇太后は、一人もご出産なさらなかったけど
義務は十分果された。
日本国民、男児を産まないというだけで責めてはいない。
日本国民、男児を産まないというだけで責めてはいない。
「徳がない」
という言葉は、人格云々ではなく、
「子孫につなげなかった」ことを言うそうで。
という言葉は、人格云々ではなく、
「子孫につなげなかった」ことを言うそうで。
天皇という存在は子孫繁栄、五穀豊穣を体現しなくてはいけないから、
「男児を得る」のは天皇や皇太子の義務である。
決して、妃の義務などではない。それは、権利。
こんな栄誉を、檻だのなんだのっていうことは、もう雅子妃の公務復帰…どころか、皇室に対する理解も、絶望的っていうことなのでは…
こんな栄誉を、檻だのなんだのっていうことは、もう雅子妃の公務復帰…どころか、皇室に対する理解も、絶望的っていうことなのでは…
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