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2013年11月 4日 (月)

もう一度…一体誰のための被災地訪問?

3年半ぶりに宿泊を伴う国内公務ということで話題になっている雅子様。

でも私はどんどん冷ややかになってしまっていった。

私は岩手とはいろいろ縁が有り、何度か来訪している。昔ではあるが、ほぼ一周したこともある。その広さときたら、関東でちまちま生活している身には驚きであった。
岩手県でも、内陸部の新幹線や高速道路の走るあたりはそれほど大きな被害はなく、震災数ヵ月後に訪れたときは、関東のようにブルーシートをかけた建物も見かけず驚いた。酷い被害に遭ったのは、やはり津波被害に遭った沿岸地域。
宮城、福島と新幹線を降りてすぐできる訪問が続いたが、岩手はそうはいかないだろう。
ということで一泊してのご訪問は私も当然だろうと思った。2年前のように自衛隊のヘリを飛ばす必要も無いし、鉄道や車で、今の東北をぜひ御覧いただければと思った。

しかし、発表された日程は、初日は移動のみ、盛岡泊で、翌日車で釜石を訪問、その日に帰路、というものだった。
なんで、盛岡???

釜石に行くのなら、新花巻で下りて乗り換えが普通だし、お泊りになるのならそのあたりか一関、奥州、遠野、いっそ釜石まで行かれてお泊りなら、よほど移動時間も短く、たっぷり沿岸地域を周れるだろう。妃殿下の「ご体調」に配慮するのなら、わざわざ盛岡まで行く意味がない。
盛岡には何度か皇太子ご夫妻がお泊りになり、食事を楽しまれたホテルがあるということで、それを楽しみに行かれたのか。

前の日記で書いたが、天皇皇后両陛下が初めて被災地に行かれたときには、とにかく被災者やその地域に負担をかけないよう、何より地域を優先するようにとご配慮があった。
そうでなければ当然、意味がない。
ところが、わざわざ遠回りして、公務もないのにパレード気分で交通規制させてホテルを貸し切り、グルメを堪能とは何かがおかしくないか。

もちろん、今は被災直後ではない。
津波の跡は生々しく、未だに仮設住宅生活を強いられる人々もいるとはいえ、沿岸地域は心の傷も少しずつ癒え、今は復興、活性化にむけて動いているところである。

ならば、無駄な移動などしないで釜石でお泊りになり、現地の魚料理でも召し上がっていただければ、被災地の観光活性化にもなるし、うれしいことではないか。
それを遠い盛岡にまで行かれるとは、釜石はまだ危険、そこの魚は食べられないとでもいうのかということになってしまう。

つくづく、なんのための盛岡行きか。

そして…釜石ご訪問だけど、相も変わらず被災者をしっかり並べてお声かけ。食品工場での見学では、なんでも宮城の味噌工場で作業着にならなかったと批判され、今回はちゃんと作業着とマスク、帽子をしっかり御召しになられたようである…が、土曜の夕方にこの工場はいつも動いていたのか…雅子様の都合に合わせて土曜出勤になった……なんてことはないのかと少し不安になった。

また、「辛い思いをされたでしょうね」などというお声かけだったのに、ああ、またかと思った。

2年前の被災者へのお声かけでは、「津波のときはどうでしたか」と訪ねられ、高齢の被災者が「…そういうことを聞かれると、怖いこと、思い出しちゃうのよねー…」と申し上げ、雅子様が固まる場面があったという。
皇太子夫妻は、いつもネガティブな話をして相手を辛い記憶に戻してしまう。
それはよく言われていたことである。それを、被災者本人の口から言われるとは。
このときのご訪問では、「2人のお母様を大切に」と説教されたり、「愛子様は大丈夫ですか」と逆に心配されたり、とハプニング続きで、以来雅子様は、被災者への声かけは完全に決められた人と、決まりきったやりとりしかしないようになられたようである。
……だけど、せっかく大事なことを教えてくれたのに、それがまったく反映されていないのかとまたがっかり。

皇后陛下が、被災者にかけたお言葉は「よく、ご無事でいてくださいました」だった。
大災害で家や家族を失い、劣悪な環境で耐えている被災者は、自分が生きていることにネガティブになりがちだ。
家族を助けられなかった、目の前で人が死んだ、子や孫を失って、何を希望にすればいいのか……そんな絶望のなかで、自分が無事であることをまず、喜んでくれる方がいた、というのは自己肯定につながる。

それが「励ます」ということなのだ。
沿岸の救助に当たった人に「助けられなかった人もいるのでしょうね」ではなく、「よく、多くの国民を助けてくださいました」と声をかけてくださいよ、皇太子ご夫妻!



まだネットの話題だけど、雅子様が盛岡のホテルで枝栄会と会ったという噂がある。
雅子妃の曽祖父にあたる盛岡出身の山屋他人の孫の会なのだとか。
もしもこれが本当なら、完全に小和田雅子さんの実家の都合で、公務を利用し、ホテルを貸し切り、盛岡から釜石までの交通規制を敷いたことになる。

もう一度声を大きくして言う。

一体誰のための被災地訪問なのか。

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