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2014年1月28日 (火)

捨てられた子どもたちの寓話~明日、ママがいない

「北風と太陽」というおとぎ話がある。


北風は気象現象であり、はるかかなたの恒星である太陽と地球の北風が話をするわけがない。
こんな荒唐無稽な話を作るな。
作るのならちゃんと取材をしろ。

という人がいたら、どうだろうか。

が、最近本気でそういう人などがいて、大騒ぎなのがこのドラマだ。

明日、ママがいない

「ポスト」などのあだ名が酷すぎる、ちゃんと取材をして、あまりにも現実とかけ離れている、などと批判が相次ぎ、2話放送した段階でスポンサーがCM放送見合わせと言う事態になった。

批判している人って、ちゃんとドラマを見たのだろうか?
見て、理解できなかったのだろうか?

舞台は、親に捨てられた子どもたちが集められるグループホーム「コガモの家」。
ここでは「魔王」と呼ばれる園長が君臨し、捨て子たちが早く里親に貰われるように厳しく発破をかけている。
子どもたちは、17歳から幼児まで、また21歳の青年がスタッフとして働いている。
この捨て子たちは、ホーム内では実名を名乗らず、「あだ名」をつけている。
赤ちゃんポストに捨てられていた子は「ポスト」。
貧乏で捨てられたから「ボンビ」。
コインロッカーにいたから「ロッカー」。
パチンコ依存症の母親に放置され死にかけたから「パチ」…。

などと、確かに強烈な名前が続く。
が、これらはこの子たちが名乗っているもので、別にこういうあだ名をつけられて普通の子たちに苛められている物語ではない。
特に「ポスト」は、親が唯一自分に与えてくれた本当の名前を捨て、自らそう名乗っているのだ。
そして「ロッカー」に言う。
「コインロッカーより赤ちゃんポストのほうがまし。温かいから」

さて、コインロッカーに赤ちゃんが捨てられて社会が激震したのは、1970年代のことである。
今、その子は40歳代ではと思うのだが、このドラマではホームの子たちよりも1世代上の青年として登場する。

世相を反映する「捨て子」たち……子どもたちの「あだ名」は、そういう寓意をこめている。

物語は、ある傷害事件から始まる。
母親が恋人を鈍器で殴り怪我を負わせて逮捕されたという少女が、このホームに預けられる。
このマキという少女の視点は、一般の視聴者と同じものだ。
このとんでもない施設に驚き、嫌悪感を持つ。
そんな酷いあだ名は要らない、私にはママがいる。
ママは私を守ってくれる…こんなところにはずっといないから!

しかし、迎えに来たかと思ったママは、あっさりと娘を捨てる。

「ママ、彼と結婚するの。連れ子を虐待とかあるでしょ?ママ、そんな彼もあなたも見たくないの」
あくまでもあなたのためなのよ、と笑うけど、子どものことより自分の女としての幸福を追求したのは明らかだ。

このホーム空間では、聞きたくもない本音がぼろぼろ出てくるようだ。が、そういうところもおとぎ話、寓話だと思う。

そして、親に捨てられたマキちゃんは、やはり親がつけた名前を捨てて、あれほどいやがった「ドンキ」という名前を選ぶ。

このとき、彼女はこちら側からあちら側に行く。
「親はいなくなったけど、友達ができた」と笑う


…というあたりが、どうも理解されなかったようだ。

親に捨てられた子どもたちという題材を現代を舞台に描くのだからどうしても衝撃的だし、拒絶反応もあるだろうなとは思っていたが、「あだ名をやめるべき」「実際の赤ちゃんポストを取材すべき」という反応にはちょっと驚いた。
もともと、ドキュメンタリーを描きたいわけでも、美談を描きたいわけでもないだろう。
何より、「あだ名をやめるべき」とは、「北風と太陽ではなく、ちゃんと人間の名前にしろ」というくらい乱暴で、作品そのものの意義さえなくしてしまう。

番組は全体的にはコメディタッチで、大時代的な臭い芝居やアナクロな演出で、こってこての喜劇風。
昔の大映ドラマや、少女マンガに親しんできた向きには懐かしさを感じられる。

また、「親を捨てた」子どもたちがどのように生きていくのか、ちょっと楽しみである。

☆ ☆ ☆

過剰なネガキャンの背景には、「パチンコ批判」されると怒る勢力とか、里親ビジネスの実態を暴かれると困る勢力が仕掛けているといううわさもある。

「赤ちゃんポスト」を始めた病院が、激しく抗議しているあたりで、なるほどなと思った。
「赤ちゃんポスト」は、捨て子を助長すると批判されていたのに、この作品では当の本人がこのシステムに感謝し、肯定してその名を名乗っているのに、なぜあんなにこの名を使うなというのだろうか。
じゃあ、「赤ちゃんポスト」をやめればいい。
そうしたら、「赤ちゃんポスト」に捨てられる子も、このドラマで傷つく子もいなくなるだろう。

それは、多くの子どもの生存権を奪うことになるかもしれないけれど。

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