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2021年7月19日 (月)

「女帝の世紀」が女性皇族の凋落を招いた

女性皇族(男系女子)の血統は女性最高である。

かつては、皇后はもちろん、天皇を産むのも皇女の特権であった。

今は…

☆ ☆ ☆

何時の時代も、天皇が「自身の子」に拘ると碌な事がない。

天智天皇が、当時だと継承権に欠ける大友皇子に皇位継承したおかげで壬申の乱が起き、大友皇子は自害するはめになった。

その娘である持統天皇も、自分の子である草壁皇子の即位に拘ったばかりに、甥の大津皇子刑死、妻で持統天皇の妹でもある山辺皇女の自害を招いた。

結局、大友皇子の遺児である葛野王の提言により、天皇皇后の子である草壁皇子こそ正統、その直系が皇位を継ぐべし、という事になった。

 

が、歴代天皇でも最強クラスの有能さと強靭な心身を持つ持統天皇ではあるが、その子草壁皇子も、さらにその子文武天皇も、さほど才覚優れるとも思われず、短命であった。

殊に、文武天皇は、本来皇后に相応しい皇女を娶る事も(諸説はある)、当然子を儲ける事もなく、ただ藤原宮子が産んだ首(おびと)皇子だけが皇位継承者という事になった。

天武天皇にはいくらも血筋正しい皇子とその子がいたし、天智天皇の子孫にもいた。

が、それらに皇位を渡すわけにはいかない、というのがこの時代の「直系」への拘り。

 

その為に、持統天皇の妹で従姉妹、草壁皇子の妃で文武天皇の母である阿閉皇女が即位。

元明天皇となる。

が、疲れたとのことで、娘の氷高皇女に譲位。

元正天皇である。

この母から娘への継承を「女系継承だ」と誤った認識の人が見られるが、まったく血統は変わらず神武天皇の直系子孫から直系子孫への男系継承である。

史上初の未婚の女性天皇であるが、これまでの既婚女性天皇が自身の子や孫に確実に皇位を渡すというメリットがあったのに、才色兼備で知られた元正天皇は、甥に皇位を渡すために、一生を捧げたのである。

そして、母が藤原宮子という異例の天皇・聖武天皇が立つ。

かつて、天武天皇の第一子である高市皇子は、卑母であるために皇位とは縁遠かった。

しかし、御名部皇女という素晴らしい血統の女性を妻にしたので、その子長屋王は王であっても血筋正しい。

更に長屋王は、元明天皇の娘・吉備内親王を得ていた。

臣下を母とする聖武天皇と、両親とも皇族、しかも草壁皇子と元明天皇の娘であり、文武天皇の姉妹である吉備内親王の子。

 

どちらが正統なのか。

日本を男尊女卑などという輩もいるが、とんでもない。

男の価値は、母や妻で決まる、というのが古代日本だ。

新興豪族の藤原氏と、皇族女性、どちらが上なのか…

 

長屋王は、藤原光明子の立后、宮子の大夫人扱いに異を唱えた。

これまで皇后は、皇族女性…即ち男系女子のみが就ける地位であったし、臣下出身の藤原宮子を皇族女性と同等の扱いにするのはおかしいのである。

が、それは「長屋王の変」で、藤原氏女性とその子以外全員縊死という結果になった。

こうして、藤原氏は完全に皇室を掌握。

皇后になるのも、天皇の母になるのも皇女だけの特権だったのに、藤原氏に奪われてしまったのだ。

そのあとを継いだ女帝・孝謙天皇の詳しい話はまたいずれ。

孝謙天皇は色々言われるけれど、ぎりぎりまで皇統は護ろうとしていた。

だけど、彼女が迷走したために、妹の井上皇后もその子も闇に葬られた。

女性天皇も、皇族女性も、力を着けさせてはならない…

そんな反面教師になってしまった。

 

女帝の世紀が終わって、女性皇族の時代も終わり。

その役割や特権を、藤原氏に奪われてしまった。

それ以降の天皇の母や皇后や女御など、ほとんどを藤原氏が占めている。

それでも、皇女の品位は護られていた。

戦後、11宮家の臣籍降下により、皇女の婚姻先はほぼなくなる。

律令時代には、皇族女性は皇族男性としか婚姻を許さない法があった。

平安時代から降嫁が始まったが、それはやむを得ない場合であるし、相手もそれなりの相手だった。

戦後、どんどん相手の格が落ち、宮内庁もまともに皇女を御守りしないので、今や詐欺師に与えようとしている…

 

もっと酷いのは、女系容認、女性宮家というのものだ。

女性皇族を、その身分のまま、あるいは女性天皇にして、「ただの男」の子を産ませて後継ぎにしろというのだ。

これほど、女性皇族を馬鹿にした話もない。

 

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2021年7月13日 (火)

男系血統について②

「全ての天皇は男系血統者である」

例えば、令和の今上陛下の父系血統はこうやって辿れる。

 

今上陛下→上皇陛下→昭和天皇(以下天皇略)→大正→明治→孝明→仁孝→光格→典仁親王→直仁親王→東山→霊元→後水尾→後陽成→誠仁親王→正親町→後奈良→後柏原→後土御門→後花園→貞成親王→栄仁親王→祟光→光厳→後伏見→伏見→後深草→後嵯峨→土御門→後鳥羽→高倉→後白河→鳥羽→堀河→白河→後三条→後朱雀→一条→圓融→村上→醍醐→宇多→光孝→仁明→嵯峨→桓武→光仁→施基親王→天智→舒明→押坂彦人大兄王子→敏達→欽明→継体→彦主人王→乎非王→意富富杼王→稚野毛二派皇子→応神→仲哀→日本武尊→景行→垂仁→崇神→開化→孝元→孝霊→孝安→孝昭→懿徳→安寧→綏靖→神武


このように、第126代の天皇陛下は、初代神武天皇の72世孫であり、直系男系血統である。
即位されなかった王子もいらっしゃるが、いずれも同じく男系血統であり、1人の例外も無い。

母系を入れれば、なんと紫式部や長屋王、坂上田村麻呂や、徳川家、豊臣家、織田家など意外な歴史上の人物も御先祖様であり、日本中(と百済)の血統を集めているともいえるのだが、父系については一度たりとも、神武天皇の直系でない男性の血統など入っていない。

これが、正統な血統である。

なお、皇嗣秋篠宮文仁親王殿下は今上と両親が同じなので全く同じ血統である。

その御子である悠仁親王殿下の血統は、まさに正統。

 

天下人が、娘を入内させて皇統に交わろうとするのは常であるが、男が婿入りするなど言語道断である。

 

皇室とは、「女性がトップになれない」のではなく、外の男が入れないところである。

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男系血統について①

以前、わかりやすいブログがあったのだけど、Yahooブログの閉鎖で読めなくなってしまったので、一目でわかる男系血統をここで解説する。

「男系継承」とは「男から男へ」「父から子へ」の継承ではありません。

「男系血統者から男系血統者へ」と継がれるもので、これは女性(男系)も含まれます。

よく言われる「元明天皇(母)から元正天皇(娘)」の継承も、男系継承です。

https://www.kunaicho.go.jp/about/kosei/pdf/keizu-j.pdf

もしも初めて天皇の系図を見た方なら、「万世一系」や「男系継承」に疑念を抱かれるかもしれません。

父から子へなどでは繋がらないし、あちこち飛ぶし、女性もいる。

なんだ、万世一系なんかない、何度も断絶しているじゃないか。

女性もいるじゃないか。

そう思い込んでしまう人も多いと思います。

私もそうでした。

 

しかし、そうではないんですね。

・皇位は直系継承ではない

・常に、男系血統者(男女)が候補になる

・年齢、性別、母親の血統や権力、生まれ育ちが条件になる事はあるが例外はある

・男系血統である事に例外は無い

系図のどの天皇を見ても、父、その父…と辿れば確実に天皇、そして初代天皇に行き着きます。

これが、「男系血統」です。

 

 

 

 

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2021年7月12日 (月)

あれから色々ありました

御無沙汰しています。

闇鍋奉行です。

身体障碍者第一級になり、家人が癌ステージ4になったと同時にパーキンソン病発覚。

それでもなんとか毎日働いておりますし、子どもたちも元気で働いております。

100歳越えの祖母が新型コロナ陽性になりましたが、なんともなかったようです…

 

このところインド映画の話ばかりしていますね…(;^_^A

 

またちょくちょく日記を書こうかと思います。

 

 

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