2020年5月23日 (土)

鯛の尾頭

息子は、基本的に自炊をしている。

なかなかにやりくり上手だし、安い食材で、極力包丁を使わずに、栄養バランス満点でうまいものを食べる、という事に重きを置き、よくレシピについても話してくれる。
私にも、参考になる話は多い。

今日は、急に「鯛のアラ」について話し出した。


高級魚で知られる鯛だが、今は養殖も盛んだし、頭などアラはかなり安く手に入る。

夕方行くと、100円だとかもザラ。

息子は、「これ、安いよね?」と言いながら、熱心に自分の考えるレシピを語りだした。

こじゃれた店なら、血などを洗い、しっかり湯をかけて鱗を丁寧にとり…だけど、自分が食べる分には気にせず、吸い物にしてもいいよね!

塩をして、昆布だしとかで…大根とかといっしょにして、三つ葉でも散らせば

 

「うん、それ、私が昔あんたたちに食べさせてたレシピだね」

「…まじか!( ゚Д゚)」

我が家は、ガチで貧困を体験している。

それでもちゃんと肉や魚、野菜やきのこなど、栄養バランスのいい食事を作ってきた。

鯛のアラは、その頃よく活躍した食材だ。

上質な白身に、目玉の後ろのDHAたっぷりの脂。

骨から良いダシも出るから、ニンジンや大根に旨味を吸わせ、ネギや、三つ葉でも散らせば御馳走だ。

 

「鯛の尾頭付き」ではなく、「鯛の尾頭」で、うちの子らは育ったのだ。

で、息子はそれを覚えていないと言いながら、ほぼ同じレシピを構想していた。

ちゃんと、血肉になっているんだねえ…

「食」は、本当に大事だ。

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2016年8月23日 (火)

嬉しい誕生日

誕生日に、娘が食事もと誘ってくれた。


仕事をあがって待ち合わせし、ぶらりと街を歩く。

思えば春以来、一緒に出歩いていない。

娘は昨年正社員登用、忙しく働いているしお互いのスケジュールも合わない。

帰りも遅いので食事を一緒に摂ることすら滅多にない。

どこにいこうか、お寿司か、イタリアンか、と話していると、もつ煮込みのおいしい有名な酒場が候補にあがる。


最近のこじゃれたチェーン居酒屋とは全く違う、本物の、大衆酒場。

前に上野あたりを歩いたとき、「こういう店に入ってみたいなあ」と漏らしたのを娘も覚えていたようだ。

相席当たり前、煙草の煙もうもう。
煮込みも焼き鳥もおいしかった。
なんと娘はその店に何度か来ていたらしく、お勧めの品をどんどん注文しては一緒に「美味しい~」と感動。

しかし料理の説明を私にする娘のしゃべり方が、ガルパンを勧める息子に、あまりにそっくりなので笑った。

隣席の客とも和気あいあい、楽しい夕食になった。

そして娘がさらりと支払い。

帰宅すると私のPC席にどかっと大きな荷物。

壊れて困っていたマッサージ器のプレゼントもあったのだ…


☆ ☆ ☆

ツイッターで、「こいつ誕生日で居酒屋wwwそれも自慢げにww」と煽られたけど、実質一人で二人の子を育て、ようやくすっかり大人になった子どもに酒を奢られて、私は自分の人生を誇りに思えこそ、恥になど思わない。

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2011年6月 9日 (木)

可愛い子には、苦労をさせろ

昨年も6月にいきなり入院したんじゃなかったっけか。

息子が、足の親指の異常を訴えてきた。どう見てもばい菌が入り、化膿している状態だし、私は医者に行くのを勧めた。だがなかなか言うことを聞かず、ようやく
「…今日医者に行こうかと思う」
「ママ今日は午前にアポがあるんだけど…一緒に行った方がいいかな?」
「…いや、大丈夫」

…まあ、足を失いかねない、と本人が判断するまでなんともしがたいという難しい子だし。
万一手持ちのお金がなければ連絡しなさい、とだけ言って、私は仕事に出た。

即日、手術だったらしい。

局所麻酔で「見ないほうがいいよ」だったけれど、菌は親指の奥のほうまで入り込んでいて、膿を出すのに(自粛)な処置が施され、とりあえず足には包帯が巻かれている。はあ、なんとか切らずに済みそう。

で、昨年は理解できていなかったようだが、領収書を私に持ってきた。うん、それが集まると、場合によってはトクになるしね。

そう、息子は19。来年からは納税の義務が生じるのである。
所得があろうとなかろうと年金や保険をなんとかしなくてはいけないし、市民県民税もかかる。いや、今の時点でもそこそこの収入があれば親の扶養を抜けて自立しなくてはいけない。
バイトで稼いだお金が可処分所得♪という時代はもう、終わりにさしかかっているのである。

で、息子は初めて、病院から渡された書類を見た。
親の私が言うのもなんだが、息子はそれはもう聡明で、とくに理数系には強い。親が何べん言うよりも、その羅列した数字を理解した。
「……手術代で5000円くらいかかっているけれど、実際の治療費って1万5000円以上かよ…」
「うん、もしも保険に入ってなければ、その額を払うことになる。去年の入院だったら、70万くらいかな?ちょっと病気や怪我をするだけでも、そういうことに」
「…なんで今、5000円ですむわけ?」
「それは、あんたが元気なときにも、パパが一生懸命に働いて、
保険料を払ってあんたに保険証を与えているからだよ。それが無ければ、正規の値段を払うことになるので、
うっかり風邪もひけなくなる。今あんたが健康的な生活を送れるのも、多くの国民が保険や税金を納めてくださったからこそ。20になれば、大人として自分自身の生活を守りつつ、他の人たちを支えるんだよ」

息子は神妙な顔で、そのいろいろ歪んではいるけれど聡明な頭脳で、自身の責任を理解した…と思う。

数日後、息子は深い深いお辞儀をして、5000円の融通を頼みに来た。

詳しくは知らないが、オフ会か何かの付き合いをするのに、予想外の出費で「困った」ようだ。

かつて、児童相談所とか臨床心理士とか警察とかに相談したときに言われたのだが
「腐士男くんって、『困る』ということができないんですねー」
…そう、本当に不潔だろうが飢えようが「困らない」で、わが道を行くのに親の私は困っているのだ。
躾ければ、とかいうのはとても簡単。それが入らないのがこういう子の現実。
どんなに学業で理解力が高くても、ごくごく普通のことが理解できないし、たとえばお金に不自由すれば親の財布から盗めばいい、盗まれる親のほうが悪い、自分を不快にさせているのだから、そのくらいのペナルティは当然である、ということを広言してはばからなかった一時期もある。

それが、腰からきっちりと頭を下げるという美しい営業用お辞儀で「お願いします!」という。

…はあ、ようやくここまできたか。

息子の頭頂部を見ながら、財布を開く私。
この瞬間は、息子にとっては本当に大事な瞬間なのだと思う。

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2008年3月 3日 (月)

ミドリフグにかかりきり~どうせプロトバブイルはめちゃ強いし~

今朝ミドリフグが突然死してしまったせいか、仕事中もミドリフグが気になって仕方がなかった。昨日まであんなに元気だったのに…フグ同士、仲もよさそうなのに…今までにないくらい慎重に水を作ったつもりだったのに…エサをやったせい?夜も明るかったせい?

なんだか悶々とする。帰宅してすぐフグ水槽へ。大きくてやせてて目ばかりぎょろぎょろしていた個体は、とても元気で色も良い。最初黒ずんで眠っていたが、すぐに起きて寄って来て、すごい勢いで赤虫を食べた。

しかし一方、小柄だがふっくらボディの子は、起きてきても黒ずんでいて、エサを食べようとしてものどを通らないようだった。今朝まで、とても元気だったのに。

……

明日朝も、最悪のことを覚悟しなくちゃいけないんだろうか……。いっそ塩分濃度をあげる?…いや、それもかえって危険だ。どうすればいいんだろう……

夕食を作りながらも、気になって仕方がない。…幸い、今日は昨日のハマグリのお吸い物の残りと、鯛のアラを酒蒸しにしたのと、芥子菜とえのきの炒め物、といたって簡単だ。

ふと、昔を思い出す。子どもを生んだばかりの頃だ。元不登校息子を産んだときは、育児書を穴が開くほど読み、「室温は○度~○度」「湿度はこのくらい」「最初は○時間ごとに○○して…」と、必死だった。よく考えれば、昔から世界中の人々が、赤ちゃんをそんな理想的な環境下でしか育てられなかったわけでもあるまいに。

そう思ってどんと構えながらも、二人目だって、夜中にあまり静か過ぎると心配で鼻息を確認してしまったものだ。

儚げな命を手にすると、いとおしいけれど恐ろしい。自分の些細なことが、死につながりはしないかと。

それにしてもFF4DSのプロトバブイルはなんでこんなに強いんだw

少しずつ、デカントをいじりながら戦っている。同じレベルでも、デカントと戦略しだいでずいぶん違うものだ。何度か全滅しながら、ちょっとずつ「まし」になっていく自分を楽しんでいる。

何事も、精進。

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2008年2月 5日 (火)

我ながらイヤな親~これも親の役目です

虐待は連鎖する、といわれるけれど、人間、親から受けた育児法を授かった能力でこなすしかないものだ。

昨夜、久々に息子と口論になった。息子は、もはや私などよりも体が大きく、かつてのいじめっ子をぶっ殺すべく鍛えたおかげで筋肉自慢。もう少し胸筋がついたら「北斗の拳」のケンシロウのコスプレが似合うようになるかもしれない、とひそかに親ばかしているくらいである。

息子はお望みならてめえをぶっ殺してやるよ、てめえだけは俺のことを何にもわかっちゃいない。と、暴力をほのめかす。これまでもさんざん暴力で訴えてきた息子。まともにやりあったら、いよいよ明日の新聞ダネだ。

が、ここでひいてはいけない、と思う。私の親からはいつも「逆らうな、この馬鹿」と言われるのだけど。

昔、遊戯王カードにはまった親子をテレビで見た。息子が遊戯王カードに夢中で、父子家庭の父親はそれを制御できていないのだ。少し、父親が抵抗する場面が映っていたが、息子は椅子にふんぞり返り、父親は床に体育座りで、明らかに息子の方が精神的優位にたっているのが見えた。結局その父親は息子をしつけることができず、肥え太った息子はますます傍若無人な性格をはぐくみ、父親の金でレアカードを買い、友人たちを叩きのめしてご満悦。結果的に彼を孤独にし、狂わせているんではないかとあきれ返った。私のカード嫌い、ネットゲーム嫌いはそういうところからきている。

て、息子が椅子にすわり、私がローソファ。

猫だったらその時点で私が負けてるじゃないか。まずいなあ。

しかし私は胴を思いっきり伸ばして対抗する。親の、「伝家の宝刀」を抜いてやる。

「そのパソコンは、本体もディスプレイも、私が買ったの。電気代も、私が払ってるの。ネットだって、タダじゃない。100パーセント、私のものなの。あんたは、使わせてもらってる身なの。ここで暮らせるのも、ご飯が食べられるのも、学校に行けるのも、私が必死で働いているおかげ。私が仕事から帰って、夕食を作って食べて、お風呂作って入って、パソコン使うって言うのになんであんたがそこをどかないわけ?私はあんたに十分、使わせてやった。今私が使うって言うんだから、私が最優先で使えるはずでしょう!? 文句があるならここを出て家賃払うか家を買うかして、電気代も水道代も払って、パソコンでもなんでも買って、ネット代も払って好きなことをしなさいよ!」

うわーー我ながら本当にイヤな親である。私の父親のようだ。

私は父に「俺が稼いでいるんだッ俺が家長だッいう事を聞け!」とぶん殴られて育った。何かと言うと有名大学出で大手企業勤めを振りかざし、子どもを抑えようという父に、私はずいぶん反発したものである。まさに、息子くらいの年頃に。

そりゃあ殺意くらいほいほい湧いた。人の殺し方なんかは推理小説や漫画のおかげでいくらも知っていたが、同時に新聞などを読んでいたので、親を殺したところで自分の求める理想郷は得られないのだと、ぎりぎり「理性」というものを育てていたので思いとどまったが。

「こんな親のもとにいられるか。絶対、独り立ちして自由を手に入れてやる」

それが、私を結婚や就職など、独立へ向かわせる原動力になった。

と、今の私は信じており、いろいろ欠点もあろうが父を尊敬しているので、この「信念」を胸に、私は思い切り胴を伸ばした。なんなら首も伸ばしてやる。正直「アタシ、今そんなにネットやらなくてもよくね?こんな時間だし、あったかい布団の中でFF4DSでもたしなみながら寝てえよなあ」なんていう煩悩も沸き起こるが、息子が私に対抗しようとしているのだ。それをがっつり受け止め、たたき返して独立心を育てなくてどうする。

延々、押し問答をしていたが、息子は口を尖らせながらPCを再起動し、その場を譲った。ああ、「糞親が。いつかてめえを見返してやる」と思ってくれてかまわんよ。ていうか、見返してくれ。

☆  ☆  ☆

某女流作家のブログが炎上の気配。

創作活動の一環にもなった、いろいろあって生まれた子どもを、どうも「虐待」しているようなことをほのめかしているようなのだ。

私は断片しか知らないのだけど……親子関係が、かなりまずい状態なのだなと言うことはわかる。幼い子が「嘘をつく」というので母親である作家はヒステリックに叱り、「このままでは犯罪者に」などと怯えているっぽい。息子はつぶらな瞳を涙でいっぱいにしていて、それを作家は撮影してブログにアップしている。ママがこれほどヒステリックなら、子どもは必死で嘘でもなんでもついて身を守るだろう。けれど、幼い息子がこんなにも澄んだ瞳を涙でぬらしているのを見せるって。

育児というのは本当に大変なもので、どんなに素敵なママでも話してみると「こんにゃろー!とか思ったわよw」と告白するものだ。だから、わが子を「糞」と表現してしまうのもわかる。いろいろ疑心暗鬼になるのもわかる。私なんか、「明日は新聞沙汰」をテーマに、むしろそれを抑止力にしようとこの恥ずかしいブログを書き続けているようなものだし。

そして、「このママ、1人でかなり追い詰められていて、助けを求めているんじゃないかな」とも思うのだ。この人は、なまじ「表現」という手段を持っているから、こういう形で悲鳴をあげられる(有名人だけにきっとまた大変なことになるだろうけど)けれど、そんなこともできずに子どもを育てられないでかわいそうなことにしてしまう親子は数多いのではないか。

虐待に走る親を救わないと、本当に親子を救うことにはならないそうだし。

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2008年1月20日 (日)

帰らない子どもたち

昨日は子どもたちに振り回された。

朝から遊びに行く、もちつき大会だからお昼はいらないと言って出た13歳の娘が、塾に行くはずの6時になっても帰らない。心当たりに電話をしても見つからず、困り果てたところでようやく6時半に「トイレトイレ」と言いながら帰ってきた。大急ぎで塾に行かせたが、断片的に話した言い訳によると、近くのスーパーにあるゲーセンで遊び、お菓子の山をくずしてとる……というアレにはまりこんでいたらしい。「お兄さんは、2,3回で取れるよといったのにさあ……」買えば2、30円の菓子に、いったいいくらの金と貴重な時間を費やしたのか。

息子はバイトに出たまま、夜12時を過ぎた。さすがに遅い、と携帯にメールを入れた。応答無し。もう一度、どこにいるのかとメールを入れた。1時を過ぎてもまた、応答なし。「すぐに帰宅もしくは返事をしろ」とメール。これにも応答無し。1時半を過ぎた。

息子の服装はまたしても学校の制服姿。ズボンは夏用だ。カーディガンは着ているが、私が買ってやったマフラーも持っていっていない。一見普通の良い子に見えるが、著しく発達に偏りがあり、普通の判断をしないことがよくある。「寒い」と言いながら適切な行動をしないのはいつものことだし、木の上で寝ていたり、コンビニの駐車場で寝ていた前科もある。私の想像もつかないことでへらへら遊んでいるのかもしれないし、何らかの理由で動けなくなっているかもしれない。

「…交番に行こうか……」

この寒空、未成年が帰宅しないのに寝てもいられない。風呂上りで髪はまだ濡れているが、着替えて交番に相談しよう、と思った。おまわりさんにまたまた迷惑をかけて恥をかくか、取り返しのつかない結果になって後悔するか、どっちかといわれれば私は恥を選ぶ。

すると1時40分になって息子がへらへら帰宅した。「ただいま♪」全然、なんとも思っていない様子である。私は安堵したがこれを普通に「おかえり♪」ですますわけにはいかない。

「今、警察に相談しようと思っていたところだ。なんで、こんなに遅い?なんで、メールしない?」
「は?馬鹿じゃね?両手がふさがってるんだから、メールなんかできねーよ!」

息子の話では、バイト先を出たのが9時45分。手には大量のカップ麺があった。自転車の後輪が壊れてしまい、今まで友達の家の前で修理していたという。

矛盾だらけである。こんな真夜中まで人の玄関先で修理?この寒い夜、とても耐えられるものではない。どんな故障かと聞けば「なんかかちゃかちゃ音がした。いじっていたら直った」チェーンでも外れたかと「歩いても30分かからないんだし、とにかく自転車押してでも帰りなさい」というと激昂。
「はあ???馬鹿じゃネエの??? 後輪動かないのに動かせってかよ。死ね!」

語尾に「死ね!」をつけるのはおじいちゃんそっくりだ。私も母も、長年そういわれてきているので、「これは終助詞」程度に受け流している。他人はものすごく驚くのだけど。

「少なくとも、遅くなるって連絡くらいできるでしょう」と言えば

「だーかーらーもー!!!アンタ頭悪いよ!両手がふさがってるんだよ!メールが来てたのもシラネーよ!」

あらこんな夜中、携帯が光るのも音が鳴るのもバイブレーションするのも気づかないとでも?

よほどうるさくて明るいところにいたのかしら。

バイト先のすぐそばに、ゲームセンターがある。

しかしそんなことに触れるとますます息子は大声になる。もう丑三つ時、また近所迷惑だ。「とにかく早くご飯を食べてお風呂入って寝なさい。今はあんたが起きていていい時間じゃない」
「関係ねー」

息子はとっととPCに電源を入れ、テレビをつけ、煌々と灯りをともし、いつも以上にがちゃがちゃ音を立てながらキーを叩いた。用意した夕食には目もくれず、お湯を沸かしてずるずるとカップ麺を食べた。私は眠れない。

☆  ☆  ☆

帰らない息子を待って1本、眠れないので「睡眠薬代わりに」とやって1本、「ピンクのしっぽ」を手に入れた。貴重な2つのアダマンアーマーを女の子たちに着せてにんまり。息子が寝床に入った4時頃ようやく私も眠れた。

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2008年1月19日 (土)

息子の防寒対策~どうしても服を着ない「天才児」~

帰宅すると息子がいつものようにPCに張り付いていた。

我が家のPCは、リビングの窓際にある。個室におくのではなく、家族の誰もが見られる状態にしたほうがよいと判断したためだ。

まさか、親に平気でエロ画像自慢をする猛者に育つとは思いもよらず。

しかしその日の息子は珍しい行動をしていた。肌掛け布団を、自分とPCにかけていたのである。

一時期息子は、絵を描くときだけカーテンをすっぽり、自分とPCにかぶせて親の目をブロックしていたが、最近はそうでもない。それに、なんなんだ、布団って。

聞くと息子は答えた。「寒いからだよ!熱を逃がさないためにこうしてんだよ!」

PCに入ってるCPUとやらは使用中高熱を出す。ものの本によるとそれはアイロン並みなのだそうだ。それを逃がしてやらないと作業効率が落ち、最悪の場合ダメになるので、PC本体にはファンがついていて、多くは後方から排気し、放熱している。我が家では、その排気口のあたりに洗濯物を干せるようにしてあり、急いで乾かしたい服をつるしている。我が家のPCは、衣料乾燥機でもあるのだ。

その排熱を、なんとか自分にもってこられないかと布団をかけているのだという。おまい、天才だな。

「いくら寒くても、PCによくないからやめなさい」

そう、その前にすることがあるだろう。「寒いんなら、もっと服を着なさいよ」

「ハァ?着てるじゃねえか」

息子は怪訝な顔をした。はあ……何度、このやりとりをしたかしれない。たしかに息子はちゃんと服を着ていた。いつもよりはたくさん。しかし、制服そのまんまってどうなんだ……何度帰宅したら私服に着替えろと言ったんだ……おまけにバイトにもこの格好で行く。土日祝日正月でさえも!コートもマフラーも使わないので寒そうだ。私はちゃんと、フリースやスウェットスーツ、コーデュロイのシャツなど、暖かな衣類を揃えてやっているのに全然使わない。しかしまあ、風呂上りでシャツいっちょうという状態でPCに向かい、「なんか今日、さむくね?さむくね?」「服着なさいよ」「着てるじゃねーか(シャツ)! 何?オレが全裸だとでも??(喧嘩腰)」というやりとりの毎日よりは、たしかに、服を着ている。

子どもたちの小さな頃は、お風呂に入れるのが大変だった。自分も子どもたちも風邪をひかないようにいろいろがんばるのだけど、風呂上りの子どもたちははしゃいで部屋を走り回る。「ちゃんと拭きなさい」「はい、パジャマ着よ~~」「ほらほら髪を乾かして」どこにでもある、大変だけれど幸せな家族の姿。

うち、それを16年やってるよ……orz

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2007年12月21日 (金)

親がしちゃいけないことについて考えた

今日仕事で会った奥さんは、小学生の子のスポーツチームが大会で優勝したとうれしそうに話してくれた。

子どものスポーツというのも大変で、母親は練習場や試合会場に車で子どもを送迎したり、お茶当番などを請け負ったりしなくてはならない。同じようにがんばっている人の話を良く聞くが、大のスポーツ嫌いで面倒くさがりで、車の免許も持ってない私としては「うちの子がスポ少とかやる子じゃなくて本当によかった」と思うばかりで、ひたすらがんばるお母さんたちに敬意を表するしかない。

しかし一方でその奥さんは言う。「熱心なのはいいけど、時々困った親もいる……」のだそうだ。わが子かわいさのあまり、試合中に過激なヤジをとばしたり、「どこ見てんのよぉ!」と審判に食って掛かったり、で名指しで「○○チームは静かにしてください」と注意されているのだとか。

先日ぶっ倒れたときに電話をくれた旧友が、今日も案じて電話をくれた。あ~~…リターンしなくてすいません…と、いろいろ話していたときに、「この話しましたっけ?」と彼が切り出した。

それは彼が経験した話なのかテレビなどで見た話なのかわからないが、「学校の先生が、生徒の携帯を没収。すると親が乗り込んできて没収されていた日にち分の基本料を支払え、と先生に詰め寄った」というものだった。

なんかもう、脱力した。モンスターペアレントって、こういうものか。

そりゃあたしかに、我々親世代は、昔の自分の親や祖父母世代と違い、学校の先生に対して盲目的に追従しない。学校の先生に負けないくらいの知性や教養、あるいは学歴を持つ親だって多いと思う。問題のある先生に対抗する力も当然持っている。

が、親と教師がお互い高めあい、認め合い、協力して子どもを指導する、ということをしなければ子どもは本当には育たないと思う。そのための「PTA」だ。有害図書や有害番組に難癖をつけるのが本来のPTAではない。

ルールを破った子どもを厳しく指導してくれる存在と言うのはありがたいものだ。親は子どもにとって絶対の存在だが、親は完璧ではない。また、親がいくら言ってもダメなことを、他人が指導すると素直に受け入れる、ということもある。その、一番身近な存在が学校の先生である。最近は、銭湯ではしゃぐ子どもを一喝してくれるオヤジ、なんていうシチュエーションも望めないし。(これも、スーパー銭湯の店長が嘆いていた)

生まれてきたわが子は可愛い。親がしっかり見てやらないとすぐに神様のもとに帰ってしまうようなはかない命は、いくらでも親が守ってやるといいと思う。昔は、幼児は神の領域にある存在で、「ヒト」として認められていなかった。幼児が亡くなっても、葬式や墓を作るということがなかったらしい。玄関に埋めて母親がまたぐことで再生を願ったのだそうだ。しかし、七五三の節目を越えればようやく「ヒト」。そうなると、いよいよ人の世での修行が始まる。これは親だけに課せられるものではなく周囲の大人すべてが請け負って当然のものだった。

うちの息子など、結局は私に甘えているのだろう。どんなに成績が良かろうが、理屈をこねたら天下一品だろうが、精神は3歳児レベルである。気に入らないことがあればだだをこねて希望を通そうとする子だ。ここで私が暴力を恐れて甘えさせてしまうと、ただの怪物を作ることになる、と私は信じる。

幸い、息子が通うバイト先はきっちりしたところで、しっかり叱り、しっかり褒めてくれる。息子もそんな話をするが、私は「それはありがたいことだ」と諭し、自分の体験談などを交えながら、テストで点をとればいいだけではない社会のことを教える。私は息子よりも重傷の、テストだけはばっちりだけどヒトの心なんかわからない、微笑を浮かべることもできない人間だったのが、高校のときにバイトでいじめられたことが良い転機になったので、このご時勢にしっかり息子をしかってくれる存在は、とにかくありがたい。

私も相当の親ばかである。息子も娘も超天才の美少年美少女!くらいうぬぼれている。だからこそ、の他者のブレーキ。これが大切じゃないだろうか。

☆  ☆  ☆

前に話題にしていた「3歳児クン」。最近聞いた話題では、大学を首席で卒業しながら、「著しく能力を欠くばかりか、会社に大変な損害を与えた」理由で解雇されたことに父親が腹をたて、会社に怒鳴り込む寸前だったらしい。

3歳児クンが入院し、暴れたときに社長が「○○さんのお宅ですか」と電話したら、いきなり「誰え~????」と不機嫌に返した、一応両親ともに教師と言う、由緒正しいご家庭である。想像するに、地元では名士、息子は自慢の天才美少年。でも、本当に大切なこと……試練のようなものを与えたのだろうか。

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2007年8月20日 (月)

親に心配された~反抗期の孫を持つと大変です

今までも何度も暴力沙汰を起こしたが、とうとう深夜に病院に駆け込み、縫うほどの怪我をしたこともあり、父が「おまえもストレスがかかっているだろうから、発散させろ」と外へ飲みに誘ってくれた。

上げ膳据え膳の外食、それも会社でかしこまりながらではないのはそれなりにうれしく、遠慮なく食べ、飲んだ。まあ、お話はどちらかというとストレスを助長するような感じだったけど。

主な話は「子どもたちは反抗期なんだから仕方がない」だ。そんなことは言われなくてもわかっている。自分のこの年頃の時分を思い出して顔から発火炎上しそうな勢い、それが反抗期の子を持つ親なんだから。

うちよりはるかにできたお嬢さんの親でさえ「なんか、自分がしてきたことがこういう形で帰ってくるか、と思うわよ」とぼやくのだ。しかしまあ、成長の過程で親に反抗し、打ち負かし、自分が親になって子の反抗期で苦労する、それもまた人間の成長過程のひとつだというのが持論である。

大人は自分が子供だった頃を忘れているのか……と、自分が子どもだったときには生意気に思ったものだが、親になった私だって忘れているわけではない。わかったうえで、抑えるのだ。

反抗期だからしょうがないわね、となんでもはいはいと言うことを聞き、お小遣いでも将来の希望でもなんでも言うとおりにしてあげる、というのでは正しい反抗期の終焉を迎えられない。

生意気言うなゴルァー!

社会のルールはあんたのマイルールとは違うんじゃあほーー!

文句があるなら独り立ちしろボケェーーーー!

という親とたっぷり摩擦してこそ、自立心を育み、社会性を身につけ、一人前になろうというものだ。それは、親の側も。

おまえは頑固だ、このままじゃ殺されるから金くらい渡せ、などと我が親。ああ、親は生きている限り親なんだなあ。かなりいい年の子どもにもおろおろ心配したり、叱咤したり。

息子はもちろん反抗期まっさかりの娘に不快な思いをし、もちろん心配したり呆れたりはするのだが、それでも私は希望をなくしてはいない。

あの頃同じように荒れていた私。親に殺意も持った、軽蔑もした、絶対見返してやると思った私だが今、それなりに親に甘え、尊敬もし、年老いているのを案じてもいる。

私がそうしている限りは、子らもいずれ同じ道を歩むのではないか?

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2007年6月28日 (木)

渇水です~子どもに不自由を教えましょう~

今年は渇水である。雨はそれなりに降っていて、それどころか今月、近所では水害さえ起きたけれどダムの貯水量にはまだまだ貢献することなく暑くつらい夏になりそうである。

私も何度か渇水で節水する夏を越したけれど、20年くらい昔、やはり苦しい渇水があったと記憶している。

ダムは干上がり、田んぼは乾き、川には魚が苦しそうにうめいていた。庭への散水も控えよう、噴水やプールも中止という夏。だれもが我慢を強いられた。

そこへ、こんな投書が新聞に載った。

「渇水のツケを子どもたちに背負わせるのは間違っている。子どもたちのプールを再開して」という母親の声だった。

私は呆れた。背負わせるも何も、ないものはないんだから仕方がないではないか。長年丹精こめた植木や盆栽が枯れそうな人もいる。農業関係者はすべからく苦しい。田んぼに水を張れず、その年1年の収入を失い、人生を狂わせる人もいる。果樹などは、もしも木が枯れでもしたら、1年どころかどれだけの負債を抱えることになるのだろう。人も死活問題だが、川や田んぼでは本当に死の危険に晒された生き物がたくさんいたのである。

未来が無くなる人や生き物がいるのに、未来ある子どもたちには一年くらいプールを我慢させても良いではないか。いや、この機会に我慢させるべきである。お天道様のご機嫌には逆らえないものだと。こういうときには我慢し、助け合い、解決するものだと。

どうにも水がないと困る人を優先し、楽しみは後回しでよいと、なぜ教えないのか。楽しみにしていたプールを奪われ、あれも我慢、これも我慢と強いられた子どもたちは、それを機にどれだけのことを考えるかわからない。

これまで何不自由なく使えていた水は、一体どこから来ていたのだろうか?

水が無いって、本当はどういうことだろうか?

なぜ水不足がおきるのだろうか?

気候や都市の構造、歴史などに興味を持つ良い機会だ。「こんな夏はごめんだ」と思えば、そうならないような国を作ろう、環境を守ろうという意識も高まるだろう。

しかし、世論はその声を尤もだと受け入れた。子どもに我慢させるな、公立学校でプールを再開せよ…かくて学校のプールには子どもたちの笑顔が戻ったのだ……

学校などに難癖をつける「モンスターペアレント」なる親が急増しているという。「子どもがかわいそう」の大義名分の下、どんな無理難題も通そうとする親だ。権利意識ばかりが肥大し、子どもに我慢を教えず暴れまわるという。そんな親に蝶よ花よと育てられた子どもが、果たしてこれからの日本を担う人物に育つのかどうか。

私はあの「プール」親が、モンスターたちの元祖的存在に思える。そしてあの頃プールで笑顔を取り戻した子どもたち世代が、たしかそのあといろいろヤバかったのだ。

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