ナマズに学ぶ
アクアリウムって、本当に贅沢な趣味だ。
震災の日、家に帰るともう、凄まじい状態。
ちゃんと対策していたたんすが、私の寝床に倒れこんでいる。
電灯の笠が落ちて、壊れている。
食器棚の転倒を抑えるための突っ張り上置き棚が、落ちている。
息子の部屋も、地震に強い突っ張り棚から本がダンボール箱ごと落ちてきて、息子が死ぬ思いをしたという。
「俺、その日休みで、もしも寝てたら死んでたよ! ていうか、あんたどんな趣味をしているんだよ!!!!」
…一応サブカルチャーのサンプルとして、昔買ったり貰ったりした漫画同人誌を箱に入れて、「子どもの手の届かないところ」にしまったのだけど、それが凶器になるとは。
「え、どんなのあったっけ?」
「知るかよ!」
息子は幸いにも起きてパソコンに向かっていて、同人誌に殺される難を逃れたが、自分のパソコンを守るのが精一杯で、本当に死ぬ思いをしたらしい。…まあ、メインテレビはアンテナ端子ごと壊れて倒れているし、サブテレビも倒れていて完全に沈黙。私のパソコン2台も吹っ飛んでいたが、なんとか無事だった。…台所に、梅干やバターが散乱しているのは何だろう、と思う間もなく、息子は叫ぶ。
「もうここ、やべえ!じーちゃんちに避難しよう!」
え。
息子、あまり私の実家に近寄りたがらなかったのに。
私も勤め先から1時間以上かけて帰ってきて、いろいろ呆然としていて…あの、水槽は…ミドリフグ…
「あきらめろよ! それどころじゃないって!」
…私は淡水水槽と汽水水槽を持っていたのだが、あんなに重いそれらの位置がずれ、水は半分ほどになっている。足そうにも、水道が止まっている。ヒーターは…ろ過は…
「ふざけんなよ! 地震でライトが落ちて感電してたよ!」
……幸い息子がいたから、こぼれた水が処理され、火災も免れたのか。
息子は家屋倒壊の恐れあり、水も出ないしすぐにじーちゃんちに避難しようというのだ。
その判断は、正しいといえる。
水を足すことも、加温・ろ過も、この状態ではできない。それは、熱帯魚で水質の変化に敏感なフグには死の宣告だけど……
激しい余震のなか、翌日寄ってみれば、ミドリフグは横たわっていたが、息はあった。
翌々日には、硬くなっていた。水つくりから、また何度も失敗しながら、ようやくうまくいって、育ってきたのに……
とりあえず、フグを植木鉢に埋める。タンクメイトのバンブルビーゴビーの姿は見えない。上からいろいろなものが落ちてきたということと、何やら黒いものが現れて、もう何も見えないのだ。
淡水水槽に、唯一残っていたコリドラスは、じっとこの状況に耐えていた。
プラティやらなんやら、華やかにしていた淡水水槽ではあるが、海水魚を飼いたいな、と思い、新しい個体を入れるのをあきらめ、魚が絶えるのを2年ほど待っていたのだ。
が、このコリドラスが実に丈夫で、ずっと生きてきたのだが……この震災で水が半分以下になり、またこれまでないほどの低温になり、えさもこれまでの半分もらえるかどうかという状況になっても、文句を言わずにじっと、どろりとして油膜も張り始めた水の中で、耐えていたのだ。
コリドラスは、超小型のナマズ科の魚である。
おとなしくて、水の底でメインの魚の食べこぼしを食べるので、お掃除係として入れるのが普通だ。
が、妙に愛嬌があり、情が厚い性格もあり、人気がある。
なお、よく言われる地震の前でも、実におとなしい。
これまで暴れたのはヒーターの異常のときだけで、地震を知られるようなことは一切なかった。
我が家は保温がよくて通常真冬でも暖房を使うことなく室温18度を下ることはめったにないのだが、この春は一体。
河津桜は華やかに咲いているのに、室温は17度程度。
私も仕事で出かけるし、停電に備えて節電もあることから無加温、無ろ過。
劣悪としか…見殺しとしかいいようがない環境で、それでもコリドラスはじっと耐えた。
…余震もかなり収まった。
もう、水を足して、ろ過くらいはしても……
お湯を沸かすと室温も少しあがる。うちはもともと暖房などは一切せず、煮物などで室温を多少上げ、寒ければどてらでもコートでも着て過ごせ、である。お湯と水をあわせた程度の水ではあるが、入れてみる。なんとかろ過機だけでも動かしてみる…
皆下を向くようなご時世でも、沈丁花は静かに花開き、甘い香りを放っている。
ソメイヨシノのつぼみは、こんなご時世でもしっかり膨らんでいる。
加温も、下温も、1年はできそうにないし、水は放射能まみれ。
それでも生きようとする命なら、見守りたい。
…昨年の今頃、これが死んだら海水水槽にするんだ♪などと考えていたというのに。
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